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#81: 路地裏の告白とくすぶる残り火: 苦い真実を明かすルーシャと、家族を背負うジミーの葛藤
凍てつくニューヨークの夜風が、ロウアー・イースト・サイドのうらぶれた通りを容赦なく吹き抜けていた。
レオノラと別れ、重い足取りで安宿へと戻ってきたルーシャは、薄暗いエントランスの前でふと足を止めた。
壁に背を預けるようにして立っていた長身の影——それはジミーだった。
「……ジミー?」
ルーシャが掠れた声で名前を呼ぶと、ジミーはポケットに両手を突っ込んだまま、静かにこちらを見据えた。白い息だけが夜闇に溶けていく。その瞳は静かで、責める色はなかった。
ルーシャは一歩近づき、俯いたままぽつりと零した。
「……サリーさんに、ひどいことをしてしまった」
ジミーは短く息を吐いた。
「……そうか」
ルーシャは唇を震わせながら、絞り出すように続けた。
「僕……女の人が、ダメだったんだ。今まで、全然気づかなかった……」
その瞬間、ジミーの瞳が微かに揺らいだ。
(女が……ダメ?)
胸の奥で、熱い火花が散った。かつてルーシャに強く惹かれ、想い続けた日々が脳裏をよぎる。あの頃の自分なら、この告白をどんなに甘く受け止めたことか。
しかし今、ジミーの胸には大きくなったジュリアのお腹と、守るべき家族があった。
彼はコートのポケットの中で拳を強く握りしめ、湧き上がる感情を必死に押し殺した。声は低く、淡々としていた。
「……姉さんは、オザンナを見捨てることはできないよ。今日君のところへ行ったのも……おそらく、最後の別れを告げるつもりだったんだろう」
「別れ……」
「だから、わざわざ謝りに来るのはやめろ。話がややこしくなるだけだ。もう、君たちも……ここで終わりにした方がいい」
ジミーの言葉は冷たく突き放すようで、しかしそれは彼なりの、精一杯の優しさだった。
ルーシャは痛みを堪えるように唇を噛み、ゆっくりと頷いた。
二人の間に、重く静かな沈黙が落ちた。
言い訳も、慰めも、余計な言葉もなかった。ただ互いの存在を確かめるように、短い時間を共有しただけで、二人は静かに背を向け合った。
ルーシャの背中が遠ざかっていくのを見送りながら、ジミーはポケットの中で拳をさらに強く握りしめた。
胸の奥に残る、熱く疼く感情の名を、彼はまだ上手く呼べずにいた。
◇
マクブライドの屋敷に戻ったジミーは、静かに寝室のドアを開けた。
ベッドではジュリアが身を起こし、大きくなったお腹を優しくさすりながら微笑んでいた。
「遅かったのね、ジミー」
「ああ、少し冷えたよ」
ジミーは上着を脱ぎ、ベッドの傍らに腰を下ろすと、愛おしげにジュリアの丸いお腹にそっと手を当てた。
「……冷たい手。でも、安心するわ」
ジュリアが目を細めて微笑む。ジミーもまた、穏やかな夫の顔でそれに応えた。
しかし、その胸のずっと奥底——誰にも見えない暗い場所では、ルーシャの震える声が繰り返し響いていた。
『僕……女の人が、ダメだったんだ。今まで、全然気づかなかった』
(今更何を言ってるんだよ……)
ジミーの心臓が、大きく不規則に鳴った。
あの告白を聞いた瞬間から、胸の奥にずっと押し殺していた火が、再び小さく灯り始めていた。もう絶対に手に入らないと諦めていたはずの、危険で甘い可能性。
(もし……本当にルーシャが男を好きなら……俺は……)
その考えが頭をよぎった瞬間、ジミーは自らを強く戒めた。
今ここにいるのは、妻と、これから生まれてくる子だ。家族を守るのが自分の役目だ。ジミーはジュリアの温かなお腹に手のひらを押し当てたまま、静かに目を閉じた。
胸の奥に隠した、小さく熱い残り火は、誰にも気づかれないまま、静かにくすぶり続けていた。
◇
シカゴへと向かう長距離列車の窓辺で、ルーシャは雪景色をぼんやりと眺めていた。
「……さようなら、サリーさん」
冷たい窓ガラスに額を押し当て、心の中でそっと別れを告げた。
ジミーの言葉は正しかった。もう謝罪の手紙すら、彼女にとって重い鎖でしかない。これで本当に、自分の初恋は終わったのだ。
甘く切ない想いは、ニューヨークの冷たい夜の底に沈んでいった。
(でも……僕には、帰る場所がある)
ルーシャは小さく息を吐き、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、あの狭いアパートと、穏やかに微笑むアルバートの顔だった。
「どこにも行かずに待っているから」
出発の朝、そう言ってくれた温もりが、今のルーシャの傷ついた心を辛うじて支えていた。
やがて列車は雪の降り積もるシカゴ駅に滑り込んだ。
ルーシャは凍える街を急ぎ足で駆け抜け、アパートの階段を駆け上がった。期待を込めてドアを開け、弾んだ声で叫んだ。
「ただいま、アルバートさん!」
しかし部屋は冷え切って静まり返っていた。アルバートの荷物は残っているのに、人の気配が全くない。
(まさか……記憶が戻って、どこかへ行ってしまったのか……?)
嫌な予感に胸を掻き毟られ、ルーシャは荷物を放り投げて再び外へ飛び出した。
(……そうだ、レストランだ。あそこに行けば……!)
息を切らして辿り着いたレストランのガラス戸から中を覗くと、そこにアルバートの姿があった。
エプロンを着けて客の注文を聞き、厨房とホールを忙しなく行き来している。時折同僚と交わす苦笑いが、妙に穏やかで、この街の日常に溶け込もうとしているように見えた。
「……よかった」
ルーシャは安堵の息を長く吐き、店の外からじっとその姿を見つめていた。
胸の奥が熱くなる。
まだここにいてくれた。それだけで、十分だった。
つづく
—
ニューヨークから帰ってきた翌朝、アルバートから「そろそろ自分のアパートを借りようと思う」と突然告げられたルーシャ。
「いつまでも君に世話になるわけにはいかない」
次回
#82: 突然の別居とカウンターの再会: 一人取り残されるルーシャと、レオノラを覗き込むアルバートの視線
「今まで本当にありがとう、ルーシャ」
お楽しみに!
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