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#85: 募る快楽と下される判定: レオノラを待ち伏せるルーシャと、検査結果に揺れるペンドルトン家

ニューヨークでの休暇を経て、レオノラと決定的な一線を越えたルーシャ。一度味を占めた快楽と、拭えぬ罪悪感。あの一夜が明けた今も、ルーシャの心はレオノラへの抗いがたい執着に、浮つくような熱を孕んでいた—— 病院や学校で見かけるレオノラは、いつものように冷徹で、首元にはパチンとあの黒いチョーカーが収まっていた。けれど、ルーシャの視線は無意識に彼の端正な横顔や、あの夜に自分をきつく拘束した大きな手を追ってしまうようになっていた…… その日の学校の帰り際、ルーシャは校門の陰でレオノラを待ち伏せていた。 「レオノラ」 声をかけると、教科書を抱えたレオノラはわずかに眉をひそめ、いつものつれない視線を落としてきた。 「……どうしたのルーシャ?」 「あの、もしよかったら、今日も……」 もじもじと言葉を濁すルーシャに、レオノラはふっと皮肉げな笑みを漏らす。一歩距離を詰めると、周囲の生徒たちに聞こえないような低い声で囁いた。 「僕はゲイだってカミングアウトしてるの知ってるよね? その僕と一緒にいたら、周囲からどう思われるか分かっているのか? 君もそっち(ゲイ)だと思われて、おかしな目で見られるぞ」 突き放すような、試すような言葉。しかし、ルーシャはレオノラの外套の袖をぎゅっと握りしめ、まっすぐに彼を見上げた。 「そんなの……別に、気にしてないよ」 「本当に?」 レオノラは目を細め、掴まれた袖から自分の手を引き抜くと、手袋を外した大きな掌をルーシャの前に差し出した。 「じゃあ、手を繋いで歩ける?」 挑発的な、けれどどこか冷ややかな瞳。ルーシャは一瞬だけごくりと喉を鳴らしたが、すぐにその掌に自分の手を重ねた。指を絡め、男同士の硬くて熱い体温が直に伝わってくる。 「全然……気にしないよ。ほら、行こう」 ルーシャは強がるように微笑み、レオノラの手を引いて歩き出した。すれ違う生徒たちが一瞬ぎょっとしたように二人を見る視線を感じたが、今のルーシャにとって、その冷たい視線よりもレオノラの手の熱さの方がずっと重要だった。 繋いだ手をコートのポケットに忍ばせながら歩く道すがら、レオノラがボソリと呟いた。 「……うち、来る?」 「うん」 断る理由なんてなかった。 レオノラのアパートは、ルーシャの部屋よりも少しだけ広く、洗練された男の一人暮らしの匂いがした。そこで再び、お互いの本命ではない熱を確かめ合うように、二人は激しく肌を重ねた。 ♡ やがて、日は暮れて、夜の帳が下りる。ルーシャはシーツの中から身を起こし、散らばった衣服を拾い集めた。 「あの、僕、もう帰らなくっちゃ。明日、朝イチで実習があるから……」 名残惜しさを押し殺した声に、ベッドに寝そべったままのレオノラが起き上がり、気怠げに髪をかき揚げた。 「……そう。途中まで送っていくよ」 「ううん、いいよ。悪いから」 「帰り道、覚えてるの?」 レオノラはぶっきらぼうに言いながら上着を羽織り、結局、ルーシャの家へと続く大通りまでついてきてくれた。 「あ、もうここでいいよ。ありがとう、レオノラ」 街灯の下で足を止めると、レオノラは「じゃあね」と短く言い残し、チョーカーの嵌った首元をコートに埋めて、振り返ることもなく去っていった。 一人になった瞬間、凍てつくような夜の静寂がルーシャに襲いかかる。レオノラと手を繋いでいた手のひらは、もう冷え切っていた。 自分のアパートに向かって、トボトボと雪道を歩いていく。 その途中——吸い寄せられるように、ルーシャの足が止まった。 街外れの、あの小さなレストラン。 ガラス窓の向こうには、今夜もオレンジ色の温かい光の中で、一生懸命に立ち働くアルバートの姿があった。客に頭を下げ、重そうな皿を運び、この街の「日常」に溶け込んでいる大好きな人の背中。 ルーシャは雪の降る暗闇に佇み、ガラス越しのアルバートの姿をじっと見つめた。 今夜、自分は別の男の手を握り、別の男のベッドで、その名前を呼んで啼いたのだ。その事実が、胸の奥の冷たい空洞をさらに深く削り取っていく。 (おじ様……) ルーシャは、きつく唇を噛み締めた。 溢れ出しそうになる涙を堪えるように、わざと自嘲的な笑みを浮かべ、誰もいない夜道に小さく呟いた。 「僕……おじ様のこと、もう忘れちゃったよ……」 ふいにルーシャの口から溢れたその言葉は、あまりにも拙く、切なく、冷たい夜の空気に白く溶けて消えていった。 ◇ 一方その頃、ニューヨークのペンドルトン邸は、夜通し続いた出産の嵐が去り、屋敷中が狂騒と歓喜に包まれていた。 「ああ……なんて可愛い! 本当に可愛いわ、私の愛しい赤ちゃん!」 特注のゆりかごの前に跪き、ペンドルトン夫人——ヒルデは、いつもの冷徹な仮面を完全に脱ぎ捨て、両手を組んで歓喜の声を上げていた。 無事に出産を終えたジュリアの傍らで、ジミーもゆりかごを覗き込み、固い表情で小さな命を見つめていた。軽薄な態度は消え、そこには「自分がこの子の父親だ」という、強い決意のようなものが宿っていた。 ヒルデは興奮冷めやらぬ様子で、専属医に詰め寄った。 「先生! この子の性は!? 早く教えてちょうだい!」 「夫人、それはまだ分かりません。へその緒から採取した血液の検査結果が出るまで、数日かかります。でも、父親がアルファで母親がオメガならアルファかオメガのどちらかですね」 医者が苦笑しながら答えると、ヒルデは目を輝かせた。 「でも、父親がアルファならアルファの確率的が高いのですよね? うちの血筋なら、きっと立派なアルファに決まっていますわ!」 ヒルデは目を輝かせ、確信に満ちた声で言い放つ。 「ええ、ええ! 我が一族の血を継ぐ、強くて優秀なアルファの跡取りです! ペンドルトン家は安泰ですわ!」 ヒルデとジミーは「きっと強いアルファになる」「最高の家庭教師を探さなくては」と、まだ見ぬ未来のアルファの成長について楽しげに語り合う。その無邪気で残酷な期待の声を、ベッドに横たわるジュリアは静かに聞いていた。 (……アルファ、アルファ……) シーツの下で、ジュリアは震える手を強く握りしめた。 由緒正しいアルファの家系に生まれながら、自分だけがオメガとして生まれてしまったこと。その事実が、皆の喜ぶ声を聞くたびに胸を鋭く抉る。 もしこの子がオメガだったら——お母様は、ジミーは、一体どんな顔をするのだろう。 「……そんなに、アルファがいいのかな」 誰にも聞こえないほどの小さな、掠れた声でジュリアは呟いた。 豪奢な部屋の熱気の中で、彼女の瞳だけが、暗く冷たい不安の色に染まっていた。 つづく — ジュリアが無事出産を終えたペンドルトン邸に、突きつけられたあまりにも残酷な検査結果。 「ジュリア! この子は一体誰の子なの!? ジミーの子ではないわね!?」 次回 #86: 崩れ去る目論見と黒い歓喜: 暴かれる血統の真実と、シカゴへ飛び出すジミー 「ツェー、ルーシャのシカゴの住所を知ってるな? 今すぐ教えろ」 お楽しみに!

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