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#94: 雪夜の対峙と闇への逃亡: レオノラに宿るアルバートの命と、バンビの家に託された涙

アパートのドアを蹴り開けた瞬間、ジミーは椅子から飛び上がった。 レオノラは迷わずその襟首を掴み上げ、壁に押し付ける。低い、凍てつくような声で囁いた。 「……いい加減にしろよ」 レオノラの低い声に、ジミーが気圧されたようにたじろぐ。 「て、てめぇ、何様のつもり——」 「とぼけんな。お前、ハドソン・バレーのボンボンだろ!」 ジミーの顔から血の気が引く。レオノラは薄く笑い、ジミーの顔を壁に押し付けた。 「ヨンカーズのお前の屋敷で話をしようぜ! ルーシャをここまで追い詰めて、責任も取らずにのうのうと生きてけると思うなよ?」 「うるせぇ! 俺は何も知らねぇ!」 ジミーは必死にレオノラの腕を振り払い、怯えた目でルーシャを睨みつけた。 「……またかよ。また俺を縛り付ける気か! 本当に俺の子かよ!」 吐き捨てるようにそう叫ぶと、ジミーはコートをひっ掴み、荒々しくドアを蹴り開けて外へ飛び出した。二人が追う間もなく、雪の降る闇の中へと姿を消していった。 残された部屋は、急に静まり返った。 「ふぅ……」 「逃げちゃったね」 ルーシャが力なく笑う。その横顔に安堵の色が浮かんでいるのを見て、レオノラは小さく息をついた。 「じゃあ、オレ帰るよ」 レオノラは窓の鍵を全て閉めると、振り返ってルーシャの肩を強く掴んだ。真剣な目で覗き込む。 「本当に大丈夫か? 怖くない?」 「……うん。ありがとう、レオノラ」 ルーシャの声は掠れていたが、どこか晴れやかだった。レオノラは無言でその細い身体を抱き寄せ、背中に腕を回した。少し長く、名残惜しそうに。 「もう二度と、あんなクズ入れるなよ。鍵は絶対にかけろ」 「分かってる」 レオノラはルーシャの額に軽く自分の額を押し当て、それから部屋を出た。 自分のアパートに戻ったレオノラは、明かりもつけずに椅子に崩れ落ちた。コートのポケットから、もう一つの検査薬の箱を取り出す。 「……自分も、調べておかないとな」 震える指で検査を終え、数分後。 洗面所の薄暗い明かりの下、二本の赤い線がくっきりと浮かび上がっていた。 「……っ」 レオノラは息を詰めた。 お腹にそっと手を当てると、あの夜の記憶が一気に蘇る。アルバートの熱、荒々しい吐息、身体の奥を何度も突き上げられた感触……。 ルーシャが嫉妬のままに浴びせた言葉が、耳の奥で再生される。 『お尻がびっしょり濡れてるよ、ここも許したの?』 『何回したの? ねえ、答えてよ……!』 ルーシャの言うとおり……レオノラはアルバートと密かに肌を重ねていた。そう何度も何度も、数え切れないくらいに…… 彼が突如としていなくなるあの日まで、何度も…… (……アルバート、これはあなたの子だ) レオノラは唇を噛みしめ、静かに目を伏せた。 ◇ 一方、その頃。ニューヨーク。 凍てつく寒空の下、ジュリアとツェー(Tseh)はボロボロの姿で立ち尽くしていた。 屋敷を追われる際、ペンドルトン夫人が投げ捨てるようにして渡した数枚の金貨。それが二人に残された唯一の命綱だった。しかし、身分を隠しての宿代、食費、そして赤ん坊のミルク代……。路頭に迷う旅路で、その金貨はあっという間に底をついた。 「もう、一銭も……」 もはや空腹で歩く気力すら残っていない。旅の途上で、二人は愛する我が子さえも育てられなくなり、ニューヨークの片隅にある孤児院「バンビの家」の扉に、泣く泣く赤ん坊を置き去るという苦渋の決断を下していた。 偶然か、運命か。そこはかつて、ルーシャが幼少期を過ごした場所でもあった。 我が子を失い、完全に生きる術を失ったジュリアは、プライドも何もかも捨てて、最後に藁をもすがる思いでペンドルトン本家の重厚な門扉の前に辿り着いていた。 つづく — ルーシャがシカゴで抱えるあまりにも過酷な現実を知り、ついにその救出へと動き出すジャービス・ペンドルトン。 「ツェー、これをジャービス様に伝えましょう。今、ルーシャを救えるのは彼しかいない」 次回 最終回 #95: 動き出す運命と愛の聖域: 記憶を取り戻したおじ様と、屋敷に集う家族 「すぐにシカゴへ向かう。ツェー、ついてきてくれるな」 お楽しみに!

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