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#93: 遠い始業のベルと共有した喪失、そして突きつけられた二本の線

執拗に言葉で責め、泣きながら快楽を貪り合った狂乱の夜。 自分たちの喪失感と孤独を埋め合わせるように、二人は一晩中、何度も何度も互いの身体にすがりつき、交わり続けた。 やがて、窓の外が白み始め、遠くからスズメがチュンチュンと鳴く声が聞こえてくる頃。 泣き疲れたルーシャは、まるで糸が切れた操り人形のように、泥のように深い眠りに落ちていた。 その隣で、レオノラは一人目を覚ましていた。 一つしかない狭いシングルベッド。一枚の布団の中で、ルーシャの背中にぴったりと身体をくっつけ、その温もりを分け合うように目を閉じる。しかし、疲労しているはずなのに、なぜか全く眠りにつくことができなかった。 ルーシャの青アザの残る寝顔をじっと見つめているうち、レオノラの胸の奥で、どうしようもない愛おしさと、燻るような情欲が再び頭をもたげてくる。 「……なぁ、ルーシャ」 レオノラは布団の中でモゾモゾと動き、眠っているルーシャの頰をツンツンと指でつついた。 「ん……なに……」 「起きて。もう一回しよ」 寝ぼけて半分しか開いていないルーシャの目を覗き込み、レオノラは貪るようにその唇を塞いだ。昨夜は頑なにキスを拒んでいたルーシャも、寝起きの無防備な状態では抵抗せず、されるがままにレオノラの舌を受け入れた。 「今度は、オレの番だからな!」 熱を帯びた肌が再び重なり合い、シーツが擦れる湿った音が部屋に響き始めた、その時だった。 ——キーン、コーン、カーン、コーン……。 遠くの方から、街の学校の始業を知らせるチャイムの音が微かに聞こえてきた。 「あっ……」 「……まずい」 身体を繋げたまま、二人の動きがピタリと止まる。窓の隙間から差し込む光の角度を見れば、もうとっくに登校していなければならない時間だ。 「もうこんな時間だよ……どうしよう、実習……」 「……」 ルーシャが焦ったように呟くが、レオノラはルーシャの首筋に顔を埋めたまま、ふっと息を吐いた。 「もういいんじゃん? たまには」 「えっ……でも」 「サボろう。今日はこのまま、ここにいなよ」 いつもなら絶対に実習を休まない優等生のレオノラからの甘い提案に、ルーシャの張り詰めていた糸がふっと緩んだ。 「……そうだね」 どちらからともなくクスリと笑い合い、二人は再びシーツの海へと沈んでいった。 その日は結局、ベッドから一歩も出なかった。 遠くで二時間目、三時間目、昼休みと、何度も何度もチャイムが鳴るのをベッドの中で聞きながら、二人は現実から逃避するように肌を重ね続けた。 「……はぁっ、はぁ……もう、できないよ……」 昼下がり。乱れたシーツの上で仰向けに倒れ込み、ルーシャが息絶え絶えに呟いた。 隣で同じように肩で息をしているレオノラが、汗ばんだ前髪をかき上げる。 「今日、何回した……?」 「さあ……数えてないよ」 「よくさ、こういうのって、自分たちの年の数だけするって言うよね」 「もう年の数くらいしたかな……」 「なわけないでしょ、馬鹿」 レオノラが呆れたように笑い、ルーシャの鼻先を軽くつまんだ。張り詰めていた空気が嘘のように、二人の間には、傷ついた者同士にしか分からない穏やかで甘い時間が流れていた。 ◇ しかし、そんな魔法のような時間も、日が暮れると共に終わりを迎える。夕方。オレンジ色の西日が部屋に差し込む中、ベッドの上でぼんやりとしていたレオノラが、ふと思い出したように口を開いた。 「そういえば……ルーシャ。昨日言ってた検査薬、買いに行ったの?」 その言葉に、ルーシャの表情がサッと青ざめ、現実へと引き戻された。 「……ううん。それが……」 「買ってないの?」 「お金が……ジミーに、生活費全部カジノに持ち出されてて……。それで『お金知らない?』って聞いたら、殴られて……」 ルーシャが伏し目がちに頰のアザに触れると、レオノラの顔つきがスッと冷たく、険しいものに変わった。 「……最低だな、そいつ。分かった、これから一緒に買いに行こう」 「でも……」 「オレが貸してあげるから。ほら、服着て」 レオノラに促され、二人は重いコートを羽織ってアパートを出た。 すっかり暗くなった雪道を、二人は手袋越しの手をしっかりと繋いで歩いた。冷たい風が吹いていたが、繋いだ手だけは酷く温かかった。 駅前の大きな薬局に入り、棚の隅を漁る。 「……あった。これだ」 レオノラが手に取った小さな箱には『Ω用 妊娠検査薬』と書かれていた。値段のラベルを見たルーシャは、思わず息を呑んだ。 「結構……するね」 「特殊なホルモンに反応させるやつだからな」 ルーシャが一つを手に取ってレジに向かおうとすると、レオノラが横からスッと手を伸ばし、もう一つの箱を手に取った。 「レオノラ?」 「……念のため。ボクも一個買っとくかな」 レオノラのその行動に、ルーシャは胸の奥がチクリと痛んだ。 (え? なんで? 心配になることでもあるっていうの…。アルバートさんと、やっぱり……) レジに二つの箱をコトリと置くと、白衣を着た年配の男性店員が、怪訝そうな顔で二人の顔を交互に見比べた。 「お兄ちゃんたち……お前ら、オメガの男同士じゃ妊娠しないってことくらい知ってるよね?」 余計なお世話なその言葉に、レオノラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。 「知ってるよ、そのくらい!」 「余計なお世話だよ!……もういいから、早くお会計して」 ルーシャも冷たく言い放ち、二人は足早に薬局を後にした。 ◇ アパートに戻り、ルーシャは小さな箱を握りしめたまま、無言でトイレへと入った。 レオノラはベッドに腰掛け、ジッとその扉を見つめていた。 数分後。カチャリとドアが開き、青ざめた顔のルーシャがゆっくりと出てきた。その手には、検査薬のスティックが握られている。 ルーシャは何も言わず、震える手でそれをレオノラに差し出した。 小さな判定窓。そこには、赤くはっきりとした『陽性の線』が浮かび上がっていた。 「……」 重い沈黙が部屋を満たす。ジミーの子供。あの暴力と借金まみれの最低男の血が、自分の腹の中に宿っている。そのおぞましい現実が、ルーシャの細い肩をガタガタと震わせた。 「どうしよう……レオノラ、僕……どうしよう……っ」 顔を覆い、ボロボロと泣き崩れるルーシャ。 そんな彼の手から検査薬をスッと抜き取ると、レオノラは立ち上がり、静かに、しかし凄まじい怒りを秘めた声で言い放った。 「どうするも何も……そんなの、決まってる」 レオノラは椅子に掛けてあったルーシャのコートを掴み、強引に彼の肩に押し付けた。 「お前のそのクソ彼氏には、オレが直接話をつけてやるから。……ほら、行くぞ」 「えっ……?」 「オレが今から一緒に行ってやるって言ってんだよ。お前は後ろに隠れてろよ」 泣き濡れたルーシャの腕を強く引き、レオノラはアパートのドアを蹴り開けた。 雪の降るシカゴの夜の街へ、二人のオメガは並んで足を踏み出した。 つづく — ルーシャを脅かすジミーの前に立ちはだかり、その襟首を激しく掴み上げるレオノラ。 「とぼけんな。お前、ハドソン・バレーのボンボンだろ!」 次回 #94: 雪夜の対峙と闇への逃亡: レオノラに宿るアルバートの命と、バンビの家に託された涙 「もう二度と、あんなクズ入れるなよ」 お楽しみに!

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