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03_竜の気まぐれ、時の戯れ
天義会の南側に位置する応接室。そこには淡々とした声が響いていた。
来客用のソファーにはきっちりとスーツを着た男たちが、やや緊張した面持ちで手元の書面の数字を読み上げていく。
対して、その向かいには、同じくスーツを着込んだ少し大柄な男が不愛想に口を引き結んでいた。
後ろには、何人かの若い男たちがまっすぐに立ち控えている。
「以上が、今期の報告書になります」
「……委細、確認しよう。少し待て」
そうして大柄な男が、中央のテーブルに置かれた書類の束に手を伸ばした。
革の手袋をした手が、薄い紙を器用に一枚一枚めくって、視線を走らせていく。
「以前通達した利率で算出した額と、今回の上納金が符合していないようだが?」
「……先日も申し上げた通り、新しい利率では捻出が厳しく」
「ほう。少し前に、新しい風俗店をいくつか買い増したと聞いているが」
「……子衿 殿、お耳が早くていらっしゃる。さすがは天義会 の龍頭側近」
ズージンと呼ばれた男は、能面のように動かない表情を目の前の男たちに向けた。
天義会の参謀――白紙扇 。組織の実務を取り仕切る、実質的なナンバー2の男は、眉間にしわを寄せてため息をついた。
「そういった形式的な世辞はいらん。時間の無駄だ」
「それは……失礼いたしました」
「俺が聞いているのは、今の上納金の不足をどう補うのかということだけだ」
ピン、と空気が張りつめる。
ズージンの威圧に、向かい合っていた男たちは静かに首を垂れた。
「申し訳ございません。しかし、我々が管轄している事業が芳しくないのは事実。永盛堂 一同、前龍頭の時より誠心誠意努めてまいりました。どうぞ次期までの猶予を……」
ズージンが眉間の皺をより深く刻んだ瞬間、応接室の扉ががらりと開かれた。
「永盛堂が来てるんだって? ズージン」
「龍頭」
「「龍頭、お疲れ様です!」」
ロンの姿を見た瞬間、ズージンを除いた全員が彼に向かって深々と首を垂れた。
「いい、いい。めんどくせぇ」などと気だるそうにロンが手をひらひら振ると、頭を下げた男たちはゆっくりと顔を上げる。
そしてその隣に、胸や脇が大きく開いた淫らな服装をした男が連れ添っているのに気づいた。
――ロンの男娼・ユエンだった。
透けた素材の布は申し訳程度に首や腹を覆っているだけで、その姿はほとんど全裸に等しい。しかし当人はそれを恥じる様子もなく、ロンの隣に静かに真顔で立っている。
ロンは長椅子に一人で座っていたズージンの隣へ腰を掛けると、ユエンをその膝の上に座らせた。
「龍頭、何故こちらへ?」
「何って……暇だったからに決まってんだろ。なぁ? ユエン」
「……俺は止めた」
膝に座らせたユエンから思わぬ反論が来て、ロンが訝しげな視線を手元の男娼に向ける。
そうして、仕返しとばかりにユエンの胸の先端に付いたふくらみをいじり始めた。
「っ、ロン……」
「はーぁ、オレの買い上げた娼夫は反抗的で困っちまうなぁ」
「……龍頭。暇だからと、そう気軽に南棟まで来られたら困ります。こちら側にいる下の者たちが萎縮する」
「ズージン、お前もかよ……」
「娼夫との戯れなら、私室でしてください」
ズージンがじとりとユエンを見る。その視線には不信感が隠れもせずに滲んでいた。
しかしユエンの方は慣れているのかズージンに目もくれず、自分の胸を片手間に弄るロンの手に気を取られ、むず痒そうに身じろぎしている。
「まぁいいじゃねぇか。永盛堂にしっかり見せてやろうと思ったんだよ。何せユエン は、永盛堂が歴代龍頭に贈ってきた中でも極上の献上品なんだからよ」
ロンは不敵に笑いながら、膝に乗せたユエンの胸を刺激したまま、彼の鎖骨から顎下に掛けて舌を這わせた。ユエンの艶やかな声がわずかに漏れると、ロンは満足そうに笑みを深める。
――ユエンは、風俗を生業としている永盛堂がロンに献上した男娼だった。
娼婦の扱いが雑なロンが娼婦を一人“駄目に”してしまった際、不足した上納金代わりにと差し出したのだ。
「ぁ、ロン……そこばっかり……」
「わざとだよ。お前がちゃんと男娼の仕事してるってとこ、見せなきゃ駄目だろ?」
わずかに感じて頬を染めるユエンの顎を掴み、どう反応していいか困っている永盛堂の男たちにその顔を見せる。
「いい具合だぜ。お前たちが献上した娼夫は」
「それは……こちらとしても、満足いただけたのなら僥倖です」
「これだけいい娼婦を揃えてるなら、さぞ業績もいいんじゃねーか?」
「……はは、それならよかったのですが」
永盛堂の反応に、ロンが不思議そうな顔をする。
ズージンは静かに、手に持っていた書類をロンへと手渡した。
ロンはその書類をユエンにも見せるような体勢で、読んでいるのかいないのか、ぱらぱらと小気味よくめくっていく。
「お前の古巣、今こうなってるってよ。こいつは大変だなぁ」
「……俺にはよくわからない」
「はは、だろーな」
からからと笑うロンがユエンと戯れる中、向かいの永盛堂の男たちがわずかに拳を握ったことに、ズージンは視線を向けずとも気づいていた。
公式の報告の場で娼夫を同席させただけでなく、あまつさえ組織の重要資料を見せて戯れているのだから、永盛堂の男たちからすればこれ以上ない侮辱だろう。
ロンは永盛堂の男たちに欠片ほども意識を向けない。ただ気の向くままに、自分のお気に入りと戯れている。それでも、永盛堂の男たちは口答えもできなければ異論も唱えられない。ロンは、それだけ力もあり恐れられている存在だからだ。
「で、不足分にまた新しい娼婦を献上する相談か? ユエンがいるし、当面いらねぇんだけど」
「丁度そのことを問いただしていたところに、貴方が乱入してきたんですよ。龍頭」
「へー、そりゃ悪かったな」
ぱらぱらとめくり終わった紙の束を、ロンはズージンに放り投げた。何も言わず、ズージンはそれを受け取る。
「ま、今回くらいはお情けでチャラにしてもいいぜ」
「よろしいのですか?」
「ああ。それだけの功績だからな。俺の機嫌を取れたユエンに感謝しろよ?」
「…………」
自分たちの献上した商品――娼夫に感謝しろと言われ、永盛堂の男たちは静かに口を噤んだ。
おかしな空間だった。先代から仕えていた部下たちが安易に軽んじられ、娼夫が高く見積もられる。それでも部下たちは口答えできず、右腕の男も静かに口を噤むだけ。
ロン一人の気分によって支配されている、歪な力関係がそこにはあった。
「……ロン」
ふと、そんな高みに座る男の裾が引かれる。
ユエンが何かを訴えるように、彼の膝からロンを見下ろしていた。その頬はわずかに上気していて、それを見たロンはおかしそうに笑みをこぼす。
「乳首いじられただけで我慢できなくなったのか? お前ホント、表情は不愛想なくせに“娼夫”してんなぁ」
「……うるさい」
ロンはユエンを立たせると、自身もソファから立ち上がって――焦らすように撫で上げながら、彼の腰を抱き寄せる。
その手にぞわりと肌が粟立ったのか、ユエンは自分の身体を支えるようにロンへとしなだれかかる。
「そんじゃ、“俺の”が我慢ならないらしいから部屋戻るわ」
「夜の会合だけ忘れないでください、龍頭」
「へいへい」
ユエンを抱えながら、ロンは振り返らずにひらひらと手を振る。
「お情けは今回までだ。次からはしっかり仕事を頼むぜ? こいつを献上した時くらい、いい仕事をな」
「…………龍頭の、仰せのままに」
永盛堂の男たちは胸元で両手を組んだまま静かに頭を下げる。
その表情は隠れてしまっているけれども、声にはなお押し殺した怒気が滲んでいた。
ズージンはそれをつぶさに感じ取り、煽り癖のある直属の上司と娼夫の存在に、呆れずにはいられなかった。
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