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05_鉄錆の匂い、始まりの夜

 錆びた鉄の匂い。小さい頃から幾度だって嗅いできた、慣れ親しんだ香り。  まるで香水のようにそれらを纏い、オレは天義会(ティエンイーフイ)の看板をくぐった。  普段は地元の商工会としての顔をしている建物の門は、この瞬間だけマフィアという本当の姿を見せる。 「龍頭! お疲れ様です!」  中で待ち構えていた待機の連中も、オレと一緒に“お出かけ”してきた連中も、オレが門をくぐるなりそう声を張り上げた。そんな物騒な声が聞こえても、街の人間は知らん顔だ。  昔からの、地元の人脈と発言権がちょっとあるだけの商工会。警察とつながりがあって、地元の商売を仕切っていて、裁判所よりもちょっと強制力があるだけの、デカい組織。  オレが前龍頭から引き継いだのは、そういう形で地元に根付いているものだった。 「はぁぁー……」  形式めいた派手な挨拶を見て、オレはため息を漏らす。近くの連中はびくりと肩を震わせた。  しかし、オレはそんな些末な反応を完全にスルーする。  どうでもいい。ついさっきまで行ってきた(はな)し合いと比べても比べなくても、本当にどうでもいいことだ。道端の埃に怒りがわかないのと同じだ。心底、どうでもいい。 「無事に“話”はつきましたか、龍頭」  そう言いながら出迎えたのはズージンだ。  面白みのない仏頂面が、分かりきった面白みのないことを聞いてくる。 「ああ、拍子抜けなくらい片が付いたな。肩透かしすぎて、驚いたわ」 「それだけ返り血を浴びておいて?」 「あ? オレが苦戦して返り血浴びたとでも思ってんのか?」 「いいえ。少しも」 「なら聞くな。骨がなさ過ぎて、嬲るくらいしか楽しみがなかったんだよ」  オレの後ろに控えていた連中が小さく息を呑んだ。少し前の(はな)し合いの様子を思い返したからなのだろう。  鎮圧した敵対組織の連中は、本当に弱かった――それはもう、失望するほど弱くて。  武闘派の組織ではないことはわかっていたが、それにしてもマフィアの看板を掲げるにはあまりにお粗末だった。  そんな組織に楯突かれたことが、癇に障って――気が付けば、幹部連中の関節という関節を片っ端から折って回って、たまに臓物ぶちまけさせて。その時に悲鳴とセットの謝罪を聞くプチ行脚をするくらいしかやることが無かった。 「楽しむのは結構ですが、身内を萎縮させるのはやめてください」 「はーぁ、うるせぇなぁ。……おーい、誰か。オレの部屋に娼婦よこせ」  ――血を浴びると、気持ちが昂って仕方がない。  手ごたえの有無に限らず、昔から人を殺した後には決まって“発散”したくなる。  辺りを見回して雑に部下へ呼びかけると、周辺で顔をこわばらせた部下たち何人かが困ったように顔を見合わせた。 「昨日ひとり、駄目にしたばかりでしょう。もう忘れましたか」  そう言って釘をさしてきたのは、隣にいる仏頂面だ。 「あー……そうだったか。ったく、面倒くせぇな……」 「その言葉は、用意するこちらのセリフなんですがね」 「うるせぇよ。もうちょっと頑丈そうなの寄越せっつーの」  買った娼婦を好きに扱って何が悪い。それだけの金を払ってるんだから、と心の中でごちていると、ズージンは少し何かを考えこんでいたようだった。  そうして、探るような眼差しをオレに向けてくる。 「であれば、男娼でもかまいませんか?」 「あ? 別にそれなりの穴がありゃ、構わねぇけど」  生い立ちのこともあって、男を抱いた経験なんて腐るほどある。  発散の目的で手配すれば、母数の関係で女が来やすいだけだ。別に特にこだわりがあるわけでもない。 「丁度、永盛堂(ヨンシェンタン)から上納金の不足代わりにひとり献上されてきましたので」 「献上? ……ははは! 今時、物納なんて、どんだけ切羽詰まってんだよ」  前龍頭の時から天義会を支えている老舗の堂が、落ちぶれたものだとげらげらと笑ってしまった。  しかしその面白さも、10秒持たずに鎮火する。次に出たのは、冷ややかな笑みだ。 「上納の代わりだなんて、とびきりの男娼なんだろうな?」 「私に男娼の良し悪しははかりかねます。ただ『丈夫で名高く、使い勝手はいい』とは」  このご時世に人柱のように捧げられた、哀れで使い勝手のいい男娼。  飽き飽きとしていた胸の奥に、わずかな興味が灯った。 「んじゃ、ソイツでいいわ」 「わかりました。逸辰(イーチェン)、龍頭の部屋に急ぎ準備させろ」  指示を受けた犬っ毛の下っ端が「はいっす!」と返事をしてバタバタと去っていく。  ズージンが解散を指示すると、出迎えた連中と後ろに控えていた連中がそれぞれの仕事を行うために、蜘蛛の子のように散っていった。  オレも期待を胸に、私室のある北の棟へと歩き始める。 「相変わらず、シャワーは浴びないので?」 「オナホ相手に浴びる訳ねーじゃん。めんどくせぇ」  暗に推奨された行為を一蹴して、オレは振り返らずにひらひらと手を振る。  呆れたようなズージンの溜め息を聞きながら、退屈で重い足をなんとか前に進めた。    *  他の棟よりも豪奢な扉を開けると、見慣れた寝室が目に入る。  大きなベッドのすぐ傍に、一人の男が床に膝をつき、頭を垂れて静かに待っていた。 「へぇ、お前が永盛堂から献上されたやつか……名前は?」 「……(ユエン)、と申します」 「ユエン? はは、女の名前じゃねぇか」  ややはねっけのある群青色の髪が、窓から入る風に揺られている。  透けた布で申し訳程度に身体を隠している衣装は、いかにも娼夫といった露出度の高さだ。娼夫でなければ屈辱的でしかないその衣装からは、白く、しかしある程度筋肉のついた肢体が覗いていた。  ふと、そこでオレはあることに気付いた。  名乗った声は、凪いでいる。伏した頭を支えるために床に付いている手も、震えていない。  大概の娼婦は、人殺しも平気で行うマフィアのボスの相手と聞いて――必ずと言っていいほど、畏怖を持って接客してきた。強がりを顔に貼り付けて、震えながら穴を差し出してきていた。 「なら――ユエン。顔、上げろ」  淡い間接照明に照らされた室内で、その男は顔を上げた。  少しも動揺していない、静かな眼差し。男はラズベリー色の瞳をまっすぐにこちらに向け、媚びる訳でもなく、機嫌をうかがうでもなく、ただ口を横に引き結んでこちらを見ていた。  乳首も下半身もほとんど露出している衣装でも恥じらうことなく、娼婦としての愛想もなく。  ただただ、凪いだ視線がまっすぐにこちらを見ていた。 「お前は、オレを満足させてくれるのか?」 「はい。それが、俺の仕事です」  しゃべりも堅くて、色香の欠片もない。ただ、衣装で物理的に色っぽく見せようとしているだけだ。  それでも――オレは、明確な興味を持った。  返り血でむせ返るような匂いがあるはずなのに、目の前の男は鼻一つ動かさない。ただ静かに、オレの沙汰を待っているだけだ。 「なら、奉仕しろ。お前のすべてを使って、オレを愉しませろ」 「……はい」  オレは膝をついているユエンの前に立つ。  ユエンは何を求められているのか察して、オレのスラックスのチャックを丁寧に下ろした。  中にある肉のふくらみを取り出すと、それを含もうと口を開けて舌を伸ばした。 「そっちじゃねぇよ。――奉仕すんのは、こっち」  そう言ってオレは、懐から取り出し――引き金に指を掛けたまま、拳銃の銃身を男の口に突っ込んだ。 「んぐっ」 「ああ、ちなみに手で触んじゃねぇぞ。弾、入ってるからな」  凪いでいた男の表情に驚きが浮かんで、オレはくく、と小さく笑いを漏らした。  少し前の抗争で使ったからか、きっと火薬のにおいが残っていることだろう。人を殺したばかりの銃を娼婦の口に突っ込んで遊ぶのは、今日が初めてじゃなかった。  あまりにガタガタ震えている奴をビビらせたり、ごくたまに“事故”が起きたり。サプライズとして何度もやってる、常套手段だった。  ――このすました仏頂面が、どう歪むのか気になった。  いつもなら暴くところから懇切丁寧に楽しむが、今日は血を浴びていつもより気持ちが急いている。  与えられた珍しいプレゼントを、包装も外箱も破って、とにかく中身で遊びたい気持ちだったからだ。 (さあ、どう歪む)  右手で拳銃を握りながら、左手で男の顎を掴み、顔を上げさせる。  すると――くちゅり、と水音がした。 「ん、ふ……は、ぁ……んむ……」  男は銃身に舌を絡め、まるで肉棒をしゃぶるかのようにそれを舐っていた。  唾液をたっぷり含ませて、美味しいものを食むように。恍惚の表情で、先端から銃身の根元までを舐め上げる。それは大事な相手の肉棒に奉仕する姿そのものだった。 「――お前」  オレが言葉を漏らしても、男は――ユエンは、舐ることをやめようとしない。  言われた通りに『奉仕』を続けている。怯えるでも、躊躇うでもなく。愉しませようとしている。  撃たれるかもしれないなんて、微塵も思っていないのか。それとも、撃たれてもいいとすら思っているのか。  ――ざわり、と心にさざ波が立った。無意識に口角が上がっている。  そして気が付いた時には、銃を引き抜いて空いた口に自分のモノを突っ込んでいた。 「んぶっ! んぐっ、うっ、ン、ん~~ッ」 「はっ、ははっ! はー、ヤバ。一気に勃ったわ」  男の髪を両手で鷲掴みにして、ぬるぬるの喉奥まで押し込むように腰を振る。  乱暴に前後させると、じゅぶじゅぶと唾液が泡立つ音がした。そんな中でもユエンは懸命に喉を締め、舌を絡めようとするのが感じられる。  この男、頭がおかしい。おかしい。おかしくて――面白い。 「んじゅ、んぶッ、ン、ぐむ、ンンッ……!」 「はー、イイ。いいぜ、ユエン。もっと喉締めろッ」  言われた通りに奥がぎゅうと狭まり、亀頭とカリのあたりが締め付けられる。  血によって昂り、燻っていた気持ちよさがじわじわとせりあがってくる。男の様子を確かめないまま、オレは自分の気持ちがいいように腰を振り続ける。  そうしてしばらくその穴を好き勝手に使い続け――掴んでいた頭を、下腹部に力いっぱい押し付けた。 「ん、ぐッ……!」 「うっ、はぁ……」  どくどくと、ぬるい口内に押し込んだ先端から白濁が吐き出される。  その感触を覚えながら、オレは口からようやく自身を引き抜いた。  男は喉の奥に絡んだものをどうにかしようと、げほげほと咳き込んでいたが……落ち着いてから、こちらを見上げた。  口を開けて見せてきたが、その舌に吐き出したはずの白濁はない。かといって床に吐き出した様子もない。 「……はは。お前、ちゃんと男娼だな」 「もちろん、です。他の準備も……済んでいます。貴方の、好きなように」  その言葉が示すものが、もう一つの孔のことであることは聞くまでもない。  相変わらず、見上げる表情には笑顔も媚びもない。ただ仏頂面が張り付けられているだけだ。  ――それでも。 「っ……!」  オレは薄っぺらいユエンの衣装を掴んで、ベッドの上に放り投げた。  背中からベッドに着地したユエンは一瞬驚いたものの、そのまま両足を広げてみせる。準備したという孔が、薄暗い灯りに照らされていた。  また感情が湧いた。衝動に近い何か。 (抱きつぶしてぇ。顔がぐちゃぐちゃに歪むまで)  そうして口角がまた一段階上がるのを感じながら、オレは上着を脱ぎつつベッドへ上がっていった。

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