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06_よぎる過去と、遠ざかった縁
夕暮れの淡い光が、薄いカーテンを突き抜けて部屋の中に差し込む。
そよそよと優しい風が入り込むと、部屋の中にこもった性の匂いを取り払い、新鮮な空気を運んできた。
「――廢 」
俺が横になっているベッドの縁。そこに座って煙草をふかしていたロンの声が、風に乗る。
「その名で呼ぶな、って言ったばかりだろう」
「オレの所有物をどう呼んだって、オレの勝手だろ」
俺の飼い主は、くくと悪い笑みを浮かべている。わかりきったことだが、繰り返し呼んだのは当然わざとだろう。
(永盛堂 のことといい、本当に……意地の悪い)
俺が献上された先――マフィア・天義会 の龍頭であるロンは、その職に就くだけの傲慢さと意地の悪さを持っている。
敵相手であろうと味方相手であろうと、自分が愉快で満足いく選択を躊躇なく選ぶ。そして彼が愉快に感じることはたいがい、相手にとって不快だったり不都合なことばかりだ。
それは戦いであっても、駆け引きであっても、夜の営みだって同じだろう。
ロンは、二人きりの時は俺を『ユエン』とは呼ばないことが多い。俺が――『廢 』と呼ばれることを嫌いだと知っているからだ。
そうして俺が眉を顰めると、嬉しそうに笑う。子供のように。
「なぁ、フェイ」
「……なんだ」
再三のことで、訂正も否定も諦めて呼びかけに応じる。
すると、ロンは吸っていた煙草を近くにある灰皿に押し付けた。
「勃った」
「…………何故」
応接室で永盛堂を煽ってから、部屋を出た廊下で、そしてこの部屋まで来ても散々発散したはずだ。
それなのに、その言葉を示すかのようにロンのスラックスはふくらみを持っている。
「お前と初めて会った時のこと思い出して、興奮したわ」
「…………」
「今と違って敬語で従順だった時のお前、よかったよな。従順なのは変わらねぇけど」
ロンはけらけらと笑いながら、再びベッドに乗り上げてきた。
そうしてギラギラと興奮させた目で、俺を見下ろす。
――期待されている。そう思った俺は、初めて会った半年ほど前のことを思い返しながら、身体を起こしてスラックスのチャックを下ろした。くつろいだチャックの隙間から、あの時から変わらないロンのモノが顔を覗かせる。
少し前まで俺のナカを容赦なく突き上げていたそれを見るだけで、ぞわりと腰が疼いた。
「本当に、絶倫すぎる」
赦されているタメ口で小言をこぼしながらも、俺はロンのモノを口内に含んだ。
口の中に溜めた唾液をいっぱい絡ませて、大きくなったそれを喉の奥までのみ込もうとする。えづくかえづかないかの瀬戸際まで使って、じゅぶじゅぶと肉棒を舐る。
「あー、ホント上手くなったな。お前。オレの形、すっかり覚えてるじゃん」
「ん、む……じゅぷ……んぶ、んぐっ」
最初こそ頭を掴まれ、ただの穴として乱暴に腰を振られただけだったが、今はある程度自分の小手先でロンを満足させられるようになっていた。
ちらちらとロンの反応を見ては、彼が満足そうな場所を探り当てる。
彼の言う通り、ロン好みに調教されていることは間違いなかった。
「こんだけ覚えが良くて、『廃棄物』なんてもったいねぇよなぁ」
「ん……んむ、ン、んぷ……は、ぁ」
聞こえないフリをして、目の前の棒に集中する。
廢――廃棄物を意味する、名前なんて到底呼べないもの。場末の娼館で身体を売っていた母からつけられた、俺を示す記号。
俺が所属していた娼館から献上される時、素性のすべてがロンに伝えられたからだろう。ロンは最初から俺の名前を知っていたし、二人きりの時はそれを呼びたがる。理由の本質は、正直わからない。
「にしても、フェラが下手って知った時は爆笑だったな。娼夫の癖によ。……まあ、お前の場合は、特殊なプレイができる頑丈な孔だったから、テクはいらなかっただろうけど」
懸命にロンの肉棒に奉仕しながら、娼館にいた頃を思い出す。
俺は他の娼婦のように愛想を振りまくことも、プレイのテクニックで客を取ることもしていなかった。
面白みのない、仏頂面の娼夫。ただその売り文句は――『死ぬこと以外は、なんでもやらせてくれる』。ただそれだけだ。
「出すぞ、フェイ。飲め」
「ん、んぶっ……ンは、ぁ」
喉の奥に吐き出され、俺は顔をわずかに天に反らしながらごくりと喉を鳴らした。
それから、満足そうにしているロンを見つめる。
「……特殊なプレイ以外の客だって、いた」
「へぇ?」
からかうようにロンは嘲笑して見せた。それに対抗するように、俺は娼館時代を思い出す。
確かに大半の客は、ロンが言うように、他の娼婦では断られてしまうようなことをしたい過激な連中が多かった。それでも……足しげく通う、穏やかな男性が頭をよぎった。
「ひとり……ただ来て、会話するだけのやつもいた。一番いい客だった。あいつは、プレイも普通だ」
「金払ってきたのに、ちんこ突っ込まずに会話だけだぁ? そんな殊勝な奴いるのかよ」
「……いた。事実としてな。優しい奴だった」
天義会に献上される際、当然娼館は辞めることになったので……今は会っていない。
俺は天義会どころか、ロンに呼ばれる時以外は部屋を出ることもめったにないから、当然のことだろう。
特に感慨があるわけでもないが、よく隣で話を聞いてやった客が一瞬頭をかすめた。
そうしてぼんやりと思い返していると不意に、前髪を乱暴に掴まれる。
「痛っ……!」
ぐいと上に引っ張られ、そのまま仰向けになるように乱暴にベッドに転がされる。始めの夜と一緒だ。
ただ違うのは、俺から誘う前に――ロンが下の孔に自身の先端を挿し込んでいることだった。
「ちょ、待――ロン、あっ!」
止める間もなく、ずぬりと棒が沈み込んでいく。
少し前に散々使われていたこと、さっき棒を舐めていたこと。それが功を奏してか、それが功を為さずともよかったのか。すっかりなじんだロンのモノが、奥へ奥へと侵入していった。
「あ、ぁ……ン、いきなり、深、い……ッ」
「いけんだろ。ナカなんてもうどろっどろなんだからよ」
ぞわぞわと腰からせりあがるむず痒さに似たものに、背中が自然と反り返ってしまう。
そんな俺の腰を抱えて、ロンは自分の下腹部を何度も何度も俺へと叩きつけた。
「あっ、うぁ! は、ふっ、あ、ンっ、何、はげしっ」
「ご主人様の前で、よくいけしゃあしゃあと他の客の話ができたもんだ」
「聞い、たのッ、は、アッ、おまえ、だっ! あ、あぁっ!」
「詳しく話せなんて言ってねぇよ、ばーか」
ずん、ずん、と下から衝撃が何度も何度も俺を突き上げる。
腹の内側の弱いところがごりごりと押されて、内股がガクガクと震え出す。
その動作には感情のようなものが含まれているような気がしたけれど――結局はその正体を読み切れないまま、気絶するまでロンに突かれ続けたのだった。
*
じくじくと鈍い痛みと、全身を包む重さ。
慣れた朝の感覚に、俺はゆっくりと瞼を上げる。
ロンが俺に宛がった部屋の、見慣れた天井。ベッドの上で掛け布団をかけることもなく、俺は全身を投げ出していた。
(いつもいつも、元気な奴だな……)
俺が気絶するまで抱いた当人の姿は、室内にもうない。
まるで砂の重りをつけたように重い身体に鞭を打って、俺はなんとか上体を起こした。
普段柔らかで清潔なベッドはところどころに何かが乾いてゴワついた跡があり、昨日の行為の回数やその激しさを物語っている。……俺の腰も、痛みという手段を用いてまざまざと昨夜のことを訴えていた。
「ユエンさーん。起きてます?」
扉の外から伺うような声が聞こえてくる。俺はずるずるとベッド端に移動しながら、扉の向こうにいる人物を思い浮かべた。
「ああ、起きてる」
その言葉を聞いて、扉が開く。外から顔を覗かせたのは、予想通りの男だった。
犬っ毛で少し若めの青年――天義会本部の下っ端である、逸辰 だ。
彼は俺や部屋の様子を見るなり、うわっと小さな声を漏らす。
「また、派手にやられてますね~」
「むしろ、派手にやられなかったことがない」
「まぁ……確かに?」
本部の下っ端の立場にも関わらず、抱いた本人がいないのをいいことにイーチェンは慇懃無礼な物言いだ。
かといって立場的に底辺である男娼の俺がそれを咎めたり、告げ口をすることはないので、彼も安心している部分があるのかもしれないが。
「こんなこともあろうと、新しいシーツ持ってきたのは正解でしたね」
「そうか。いつもすまないな」
「いえいえ~。東棟は簡単に使用人が入れないから、当然っちゃ当然っすよ」
ロンの男娼ということもあり、本部の部下であってもこの部屋のある東棟を尋ねる人間は少ない。
イーチェンはその中でも――誰かに世話を命じられてるだけかもしれないが――比較的気軽に寄ってくれることもあり、俺はあれこれ世話をされている立場だ。男娼だからと下に見られている様子もなく、彼には頭が上がらない。
「そういえば、ユエンさん。シァミンって人、知ってます?」
身体がだるくて動けない俺の代わりに、イーチェンが窓を開けたり軽く部屋を片付けながらそう尋ねる。
ぴくり、と目元が無意識に動いた。
「……知ってる。娼館にいた時の、客だ」
「あーそれで。なんか前の同僚に聞いたんすけど、ユエンさんのこと探してるらしいですよ。連絡してないんですか?」
「ああ。天義会に献上されたのは、ずいぶん急だったからな」
昨夜、丁度ロンとの話に出てきたからか、鮮明にその姿を思い出す。
気の弱い優男で、最初は接待の付き合いで来ていた客。話を聞いてやっているうちに、いつの間にか足しげく通うようになっていた――俺の常連の中では、俗にいう“良客”だ。
「そうだったんすね。伝言とかあったら伝えときましょうか? 天義会にいるって、多分知りませんよ」
「いや、必要ない」
「え? でもいなくなってわざわざ探すなんて、熱心な客だったんじゃ」
不思議そうにイーチェンがこちらを見るが、俺はその眼差しをまっすぐに見返した。
確かに優しい奴だった。俺の売り方や扱いの悪さをいつも気にかけて、そのせいかプレイも異様に丁寧で。そのせいできっと、突然娼館からいなくなった俺が気にかかっているのだろう。それでも――。
「客は客だ。俺はもう、あの館の娼夫じゃない――ロンの、男娼だ」
「……こんだけズタボロにされてるのに、健気っすねぇ」
「仕事だからだ。健気とかじゃない」
へー、とイーチェンから気のない返事が返ってくる。その冷めた声音からして、彼が今の組織にそれほど思い入れを持っていないことはわかった。
彼がどう思っていようと俺の仕事に支障はないので、こちらからも特に言うことはないが。
雑に片づけをしているイーチェンを横目に、俺はなんとかベッドの縁から立ち上がった。向かう先は、備え付けられた浴室だ。
(ロンがいつ戻ってきて、“仕事”をすることになるかわからないからな)
いつも通りの流れ。ここ半年ですっかり身体に染みついた動きで、俺は歩き出した。
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