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09_濡れた鳥、鋭い眼差し
ばしゃ、ばしゃと水が跳ねる音が浴槽に反響している。
湯気を立ち昇らせている湯が、ひとりの男の動きに合わせて小刻みに揺れていた。
「あっ、ん……ロ、ン、あう! あっ、あっ」
「んー……?」
ぼんやりと見ていた携帯端末から顔を上げると、顔を上気させて喘ぐフェイの顔が目に入る。
広い浴槽に座るオレの腰に自分から跨り、フェイはオレの肩に手を置きながら必死にその身体を上下させていた。湯のせいで動きが鈍いのか、フェイはもどかしそうに何度もその身体を跳ね上げるが、勢いはつきそうにない。
「なんだ、もうギブか? 自分から始めたんだ。やり切れよ、なぁフェイ」
「わかっ、てる! あっ、ぅ……はッ、あ、ん……ッ」
じゃぽ、じゃぽ、と重たい水の塊がゆっくり動く。
オレのモノを咥えるフェイのナカはきゅうきゅう締め付けてくるが、今までさんざん乱暴に抱いてきた影響か、ゆったりとした挿入だけではどうにも達せないようだった。悔しそうに歯噛みしながら、目を潤ませ、健気にその身体を上下させ続ける。
荒い息を繰り返し、濡れた髪を艶やかに振り乱し、ピンと尖った乳首を見せつけるように胸を張り、自分から孔にオレを咥えて必死に跳ねる。何度も、何度も。
(へぇ、結構いい眺め)
例の如く、イキった連中に制裁を加える仕事を終えた後。北棟奥の自室まで戻るのが面倒くさくて、オレは流れるように東棟を訪れ、備え付けられている浴槽に入っていたら――フェイの方からオレに跨って来た。
『どうせ、この後抱くんだろう? それなら…―たまには、ここでもいいだろう』
確かに終わったら発散しようと思ってたから丁度いいと好きにさせたら、事前に部屋で潤滑油でも仕込んできたのか、フェイは前戯もなく跨るなり腰を沈め、オレのモノを自分から咥えこんだ。
そうして、お湯の中でもどかしい上下運動をゆるゆると繰り返し始めた。それからその行為が始まって、随分と経った……気がする。
ぎゅうと肉棒を締め付ける感触はしっかりとあるが、その動きがあまりに緩慢過ぎて、絶頂なんて遥か遠いように思えた。
「っ、ぁ……まだ、足りないっ……ん、あっ……」
「なんだ、イキたいのか? フェイ」
艶やかなフェイの様子を見て、挿入できる程度には自身は勃ち上がっているものの、ゆっくりと自慰をするような緩すぎる刺激がオレの冷静さを奪うことはなく。そのもどかしすぎる挿入を繰り返すフェイを、ぼんやりと見ていられている。
「ちがっ、俺じゃ、あッ……な、い……んぁッ」
「そんだけ必死に動いて、イキたくないことはないだろ」
からかうように言えば、フェイは半開きだった口をきゅっと引き結んで首を横に振った。
自分から動いた腰の動きのせいで、一度は閉じた口から喘ぎが結局漏れていたが。
「ロン、がっ……んんッ、うぁ、んっ」
「……オレ?」
「ナカ、で……あん、気持ち、よくっ……んぁっ」
そう言いながら、フェイは歯を噛み締める。それに呼応するように、俺を包む秘裂がぎゅううと絞られた。
じわりと快楽は滲むが、達するにはあまりにも不十分だ。それでもフェイは、諦めずにまた俺の腰上で肉棒を咥えこんだまま跳ねる。
淡い快楽に緩く浸かっているせいか、俺が攻め立てる時と違ってフェイはとろりと夢見心地な表情だ。
(よく続くよなぁ。気、狂うだろこんなん)
達せられない速度で延々とナカを擦り続ける。ある意味で、ガンガンとオレに攻められるよりもよほど責め苦だろう。
しかしフェイはそれを必死に続けている。最初こそその理由はわからなかったが――。
(オレを、気持ちよくさせたいのか)
オレはぼーっと携帯端末を片手に、跳ねるフェイを眺める。
今までのフェイはオレが望むように身体を差し出し、オレに命令されるまま奉仕してきた。こうして自分から積極的に来たのは、珍しい……いや、初めてだろう。
異様なほど従順な点は、オレがフェイを気に入ったところでもある。かといってただ人形なだけでは面白くない。だから、部下たちを処す場面でフェイが下手な誘惑をしてくるのも許していた。
そして今度は自分から積極的に誘い、腰を振っている。今までにない変化が気になってはいたが、それはオレの機嫌を損ねるほどでは到底なかった。
「ま、面白いもん見れてるからなんでもいいけどな」
「ぁ、ん……はぁ、あ……なら、イイ……んぁ」
歯噛みしながら必死なフェイが物珍しくて、オレはいつまでもその様子を眺めてしまう。
速さで絶頂できないとわかったからか、フェイはオレのモノを奥まで咥えたまま、その腰を接続部に押し付けるようにくねらせる。いい場所に当たったのか、ある瞬間にナカが再び締まる。
「ロ、ン……あっ、気持ち、よく……ない、か……?」
オレの首に腕を絡めたフェイは、口を半開きにしたまま縋るような眼差しを向けてくる。
正直、繋がったままの場所はそこまで気持ちよくはない。フェイは元より『好き勝手に使われる』ための娼夫だった。だから当然、そのあたりのテクニックはそれほど優れていない。
ただ、必死な様子に感じるものがあるのは、何故だろうか。
「ばーか。下手なんだよ、男娼の癖に」
テクも、おねだりも。
そう思いつつ、オレの口元は弧を描いていた。おかしくて仕方なかった。
哀れで、惨めなマフィアの男娼。暴力性のある龍頭に囲われて、ただ啼かされるための孔。
自身の危険も顧みず部下を助けたかと思えば、こうしてオレの機嫌をとって必死に生きるために急に媚び始めた、矛盾する行動。どれだけ攻めても壊れない、玩具。
「けどま、悪くなかったぜ。龍頭のちんこをディルドにしてオナニーする様を見るのはな」
「そんな、つもりじゃ――あッ」
繋がったままのフェイを抱えて、オレは湯船から立ち上がる。
さすがに水の重さも加わってよろつきそうになったが、なんとか踏みとどまってフェイを浴室の床に押し倒す。
水の抵抗がなくなり、オレが腰を動かせばスムーズに肉棒が出入りする。フェイの中がぎゅううと締まった。
「あッ、待っ、ロンっ! ぁ、あっ、ひぐッ、んっ……」
「次はお前が、オレのオナホになる番なッ!」
「ひっ、あっ、あっ! そこ、駄目ッ、は、ぁんっ!」
「いや、いつもそうだったか。今更だな」
フェイの尻に下腹部をぶつければ、じゅぷじゅぷと水を含んだ余韻の音がする。
物珍しいものを見たせいか、いつの間にか心が高揚していることに気付いた。フェイを責めるモノは大きく、固くなっていて。奥をこじ開けたくて仕方なくなって、腰が止まらない。
「やっぱお前は最高だわ、フェイ」
「うっ、ぁっ! おく、あっ、アッ、ひぅッ、ああっ!」
オレの下で跳ねて、震える体。その中で潤む瞳が、何かを訴えるように細まって歪む。
呆気なく痙攣してしまっている孔に、オレは容赦なく発散の精を吐き出したのだった。
*
東棟の部屋を出て、オレは大きく伸びをする。
中庭を通っていく夜風は心地よく、血を洗い流してさらに発散した後は清々しい気分だ。
(やっぱ、血を見た後は、好き放題のセックスに限るよなぁ)
あれから興が乗ったオレは、浴室と寝室で気が済むまでフェイを好きにして、飽きたら着替えて外に出た。
それほど寝る気分でもなく、酒のいっぱいでも飲みたくなったからだ。
北棟の寝室にあるとびきりの酒でも開けようと、歩き出すと――複数人が土を踏む音が聞こえてきた。
「龍頭!」
「ん? なんだお前ら」
廊下を歩くオレに向かって5人ほどが中庭を駆けてきたかと思うと、目の前で止まる。
胸の前で腕を組み、こちらへ深々と頭を下げた。
「白楼堂 にございます。本日は龍頭へのお目通りのため参じたのですが……取り込んでいると伺い、この時間までずっとお待ちしておりました」
「へぇ、そいつはご苦労だったな」
名前を聞いてピンときた。酒楼を数軒経営し、酒の密造・密売も手掛けるところだ。
最近は密造酒の利益率が下がっていて、規模の縮小を余儀なくされている小さな堂。そんな情報が頭を駆け巡った。
先頭で口を開いているのが堂主なのか、後ろの連中は静かにしている。
「それにしても、さすが龍頭ですな。お気に入り男娼に東棟までお与えになった上に、通うことも欠かさないとは。なんともお優しいことでございましょう」
堂主の言葉に、後ろの連中の肩が震えた。オレに正面から当て擦ってきているのだから、当然だろう。
こちらの様子を窺う堂主に、オレは鼻で笑う。
「当然だろ? 気に入ってるから東棟をやってんだ。便利だし、“具合”もいいしな」
「……左様でございますか」
「お前も使うか? さっきまで使ってたから、孔はどろっどろになってるが」
にんまりと笑みを向けてやると、堂主は瞼をひくひくと引きつらせる。返した棘は効いたらしい。
白楼堂主は永盛堂と同じ、昔ながらの石頭の一角だ。
男娼に東棟を与えたことがよほどおかんむりなのか、オレが男娼の方を重んじていることが気にくわないのか、龍頭には到底向けるようなものじゃない眼差しを隠すことなく投げかけてきた。
「結構でございます。男娼などよりも、我らが白楼堂について――」
サクッ、と土に何かが刺さる音がする。オレの投げた飛刀 だ。
堂主はとっさに首を手で押さえる。しかしその手が一瞬にして赤く染まり――うずくまるように身体を丸めて、倒れ込んだ。
「お前、いつからオレの所有物を軽んじれる立場になったんだ? ……って、もう聞いてねぇか」
どうせ組織の不利益を本部のせいにして訴えに来たのだろう。聞く価値のない戯言だ。
くだらない陳情を訴えに来たあげく、待たされたことにイラついてオレに喧嘩を売るとは。石頭連中はいつまでも、長期所属という惰性で手に入れた力に効力があると勘違いしがちだ。
堂主の後ろに控えてた連中が、顔面を蒼白にして頭を下げる。
「……もっ、も、申し訳ございません。龍頭! 堂主が、とんだ無礼を……!」
「わ、我らが白楼堂、龍頭の男娼殿を軽んじるつもりは全くなく――」
「あーいい、いい。無能な上司を持つと、苦労すんな」
オレが払うようにひらひらと手を振ると、言い訳していた言葉がぴたりと止まる。
白楼堂の幹部連中は恐る恐る、オレの方をのぞき込んでいた。
「お前、副堂主だろ。今日から堂主になって、白楼堂を仕切れ。俺が許可する」
「! ……よろしいのですか?」
「お前が使える奴ならな。白楼堂の生業を立て直す構想、あるか?」
オレはそう尋ねると、ただただ驚いていた副堂主の目に光が宿る。
思考を巡らせ、明確に目的と未来を見据えた、鋭い眼。思想家で、野心家の目だ。
「――ございます」
「ならやってみろ。結果が出たら、白楼堂をそのままお前にやる」
「……有りがたき幸せ!」
「出せたらな。オレは使える奴を買う。覚えとけ」
白楼堂の連中は「ハッ!」と覇気のあるいい返事を返すと、恥部を隠すように堂主の死体を抱えて去っていった。
その様子を見送りながら、さっき見た野心家の目を思い出す。
(昔のズージンと、同じ目――白楼堂は伸びるかもしれねぇな)
フェイを見つけた時、ズージンの野心に気付いた時と同じ。掘り出し物を見つけて、いい気分だった。
さっきの奴が出世した暁には、いい酒を納めさせよう。そう未来を思い、取り急ぎ自室にあるいい酒を口にするため、北棟へと足を向けたのだった。
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