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15_幕間のさえずり、陽炎の断片

「いやー、さすがユエンさんっすね。あの状態のボスと会って、無事で帰ってくるなんて」  すこぶる不機嫌だったロンに抱かれた翌日の昼。  暖かな陽が差し込む東棟の廊下で、俺は様子を見に来たイーチェンと話していた。 「お前はロンをなんだと思ってるんだ?」 「何って、めちゃくちゃ強くて気まぐれで怖いボスですけど?」 (…………まあ、事実か)  昨日のロンは、あの後すっかり機嫌が戻っていて。いつもと同じ流れで散々犯され、池の中も含めて何度も何度も相手をさせられる羽目になった。  結局ロンが満足する頃には、夕陽が完全に沈み切っていたのを微かに覚えている。  なんならあの後のロンは普段より昂った様子で――何度も果てさせられたせいで最後の方はもはや記憶すら曖昧だが――その行為はいつにも増して激しかった気がしてならない。 (何が原因であれだけ不機嫌だったのかは、最後まで分からずじまいだったが)  とはいえ、ロンの心中が測れないのは今に始まったことでもないし、それらを解明するのは俺の仕事ではない。  男娼としては本来、それを考慮して彼と接するべきではあるのだろうが……できないものはしかたがない。俺は求められるままに応えて、ロンがそれで満足すればそれでいい。 「やっぱユエンさんがいると、天義会は平和っすね」 「……そこまで言うか?」 「そりゃ言いますよ。あの状態のボスに他の誰かが会いに行ってたら、死体が出来上がってましたから。ユエンさんが来るまでは、まぁありましたよ。どうせなら、抗争で盾として減る方がまだ有意義っすよね」 「…………」  イーチェンはけろっとした様子でそう零す。  その言葉に、いつも気軽な口調で接してくるこの男もしっかりマフィアの一員なのだと実感する。 「……お、そこにいるのは」  ふと、聞き覚えのある声が少し遠くから投げかけられた。  そちらに視線をやれば、三つ編みを肩に流したスーツの男がいた。口元にほうれい線を湛えながらうさんくさい笑みを浮かべ、こちらへ手を振りながら歩いてくる。  以前ロンに連れていかれた時の商談相手――密売人の男だ。 「ロンのお気に入りの娼夫くんじゃないか。久しぶりだなあ」 「お前は……ヤーシュだったか」 「へえ、覚えててくれてたのか。嬉しいもんだ」  以前ロンと話していた時と比べると、ずいぶんと口調が柔らかい。  先日見た彼は、ロンという腐れ縁に向けた砕けた姿だったのだと思い至る。あの時のロンとのやり取りは、なんというか……悪友っぽさがあったかもしれない。  ヤーシュを見たイーチェンは、客人だと察するや否や、顔の前に手を重ねて丁寧に頭を下げた。 「そんなにかしこまらなくてもいいって。大した者じゃないしな」 「……あれだけの場所に住んでいて、それは無理があると思うが」 「はは、口を開くと随分と印象が変わるな。君は」 「確かに、ユエンさんは喋る前と後で印象違うっすよね」  ヤーシュのとっつきやすさを早くも察知したのか、イーチェンもいつもと変わらない様子ですぐさま会話に加わってくる。  二人に揃って奇異の目で見られ、俺は自分の眉間にわずかに皺が寄るのを感じた。 「……今日は取引で来たんじゃないのか」  明確に反論できず、俺は話を逸らすためにヤーシュへ話を振る。  すると彼は焦った様子もなく、へらりと笑って見せた。 「もう終わってんだな、これが。ロンの無茶ぶりに応えて日々運営しているだけあって、天義会の傘下組織は話が早いのなんの。仕事ができる相手でありがたい限りだなあと」 「ヤーシュさんは商人さんっすか? 何扱ってるんです?」 「んー? 俺は武器。あいつ、前の仕事の時から面倒臭がってロクな武器用意しねえんだよ。だから、昔から俺が用意してやっててな。今はその延長だな」 「へえ、ボスと昔からの知り合いなんすね。前は一緒に何のお仕事を?」  俺が聞くまでもなく、イーチェンが次々に質問を投げかける。  彼のすごいところは、全く探りを入れてるふうに感じさせず――さも世間話のように話を広げるところだろう。いや実際、彼にとって世間話にしか過ぎないのかもしれないが。 「前は暗殺業。いやー、ハードだから寄る年波には勝てなくて。もう昔の話だ」 「おお、じゃあ今のボスの強さはそこで養われたんすね」 「いや養われたって言うより、強かったから暗殺業してたんだと思うぞ。俺が出会った時には既にとんでもなく強い奴だったし。つっても、今も昔もメンタルは時々ガキだけど」  ヤーシュはロンを前にした時のように、くくと悪い顔で笑った。 「今も……あのロンが?」 「ああ。最近も、まさにその場面を見たところだ」  俺とイーチェンが顔を見合わせて不思議がっていると、ヤーシュは手の甲を地に向けながら、人差し指で俺を指した。 「お前の周りを嗅ぎまわってたやつがいてな。商談に来たからか、俺の住処の周りもうろちょろしてて――そのことを話したらあいつ、死ぬほど鬱陶しそうにしてたんだよ。速攻で機嫌悪くなってたな」 「嗅ぎまわる? ロンじゃなくて、俺を?」 「ああ。一般人っぽいから、迂闊に手を出すのも面倒くさいってうざったそうだった」 「それ、俺が前にユエンさんに言った、シァミンって客じゃないですか?」 「ああ……あいつか」 「やっぱ今もユエンさんのこと探してるんすかね」  俺は口元を手で覆いながら、思考を巡らせる。  シァミンは娼館に足しげく通う熱心な客ではあったが、職業は裏社会とは何ら関係ない金融関係だと聞いていた。つまりは、お金を持っているだけの表社会の一般人だ。  そして、本人からついぞ告げられなかったが……どうやら俺の身請けすら考えていて、娼館の主にそのことについての相談をしていたらしい。娼婦からの風の噂で、そう聞いていた。   (……もしかして、昨日の問いはそのせいか?)  不機嫌で、冷え切った眼差しのロンが思い返される。 『……フェイ。お前、娼館に居なかったらどうなっていたと思う』 『平和で、穏やかで……こんな風に、ケツを弄られることもない』 『そんな生活を今からでも選べたら、お前はどうする』  あの時はなんのことだかまるで分からなかったが――シァミンが俺を探していることを、ロンが知ったのだとしたら。  俺がシァミンに説得されて男娼であることをやめ、天義会を去るかもしれないと思って機嫌を損ねていたのだとしたら。  乱暴に引き寄せられてキスをした時のことが思い浮かび、腰のあたりがぞくりとさざめく。 (……離れるつもりなんて、毛頭ないんだが)  平静にそう思いつつも、胸の奥ではわずかに熱が灯っていた。  『俺がいなくなることを、ロンが惜しんでいるのかもしれない』という推測は、それだけ俺がロンに必要とされている証左に他ならないからだ。 「ユエンさんに居なくなられたら、困ります」  そうハッキリと言葉にしたのはイーチェンだった。 「だって歴代娼婦の中で、ボスの機嫌をこれだけ取り続けられたのはユエンさんだけですし。あと潰れた娼婦の代わりを新しく手配するのは面倒なんですもん」 「……後半が本音じゃないのか」 「へえ、結構長いことロンに気に入られてるのか。あいつ、天義会の龍頭になってから娼婦の扱いは相当雑だって聞いたのに、よく持ってるねえ。やっぱ気に入られるだけあるな」  やいのやいのと、イーチェンとヤーシュは俺の言葉を無視して盛り上がる。  こちらの言葉を聞き流されるのはあまりいい気はしないが、二人の話は俺の胸の内にじわじわと沁みこんでいく。どう盛り上がっても、ロンが俺を気に入っているという話に帰着するからだ。  ロンに求められることで湧き上がる感情があると、昨日明確になってから――その手の話は俺の心をずっと震わせている。 (あまり、調子に乗りたくはないんだが)  高揚する気持ちを律していると――ぞわりという感覚が背中を走り、身体が震える。 「ユエンさん?」 「今……なんだか、寒気がした気が……」 「ロンさんに噂されてるんじゃないすか?」 「あいつ気に入ったら粘着質だからな。気をつけろよ~?」  にやにやと揶揄う二人の視線を受けて、俺は訝し気な眼差しを返す。  本当にロンに噂されている気がして、いい意味でも悪い意味でも落ち着かなかった。   *  ぎし、ぎしとベッドのスプリングが音を立てる。  東棟の窓から入る夕陽が、ベッドの上に座りながら跳ねる俺の影を床へと伸ばしていた。 「あっ……ん、はっ……あっ、あッ」 「ほら、もっと早く動かねぇと、いつまで経ってもオレを気持ちよくできねぇぞ」  俺の下には当然ロンが横たわっていて、腕を頭の後ろに組みながら、悠々自適に俺を見上げている。  懸命に足を動かして身体を跳ねさせるものの、その度に繋がったロンのモノが俺の後孔の柔壁を擦り上げるものだから、せり上がってくる快感に脚の力が抜けそうになってしまう。  それでも、震えるその脚を酷使しなければロンを気持ちよくすることはできないから、懸命に身体を跳ねさせる。尽力すればするほど俺のナカも気持ちよくなって、力が抜けそうになって――堂々巡りだ。 「ひっ、ん……あっ、はぁ……あ、んッ」 「そういや、今日ヤーシュ来てただろ。話したんだって?」 「あ、あぁ……うっ、すこし、だけっ……あッ、うぁ」  跳ね続けるのに疲れ、俺は諦めて繋がったまま腰を前後に動かし始めた。  腹の中でロンの堅いモノがナカでうねる。ねちねちと、跳ねていた時とは違う音が寝室に響き渡っていた。 「あ……おまえ、の……昔の、仕事のはな、しを……あぁ、ん」 「あー、あいつと組んでた時な。懐かしいわ」  ロンはベッドに横になったままリラックスしていて、一切動こうとしない。  俺は重く感じる身体を懸命に動かして、ロンが少しでも気持ちよくなるように腰を止めずにいた。 「なんか効率のために銃使えとか、いざ使おうとするとサイレンサーつけろとかうるさかったんだよな。別に殺すなら刃物で十分だろ? 別に跡残らないようにしたいなら、血を被らないように殺せばいいだけだしよ」 「ん、ぁ……お前、も……よく、血を、被って……ふぁ、あッ」 「あれはわざと。なんかもうぶちまけて殺したくなる時は、逆に気を付けるの面倒だし。こそこそする殺し屋と違って、天義会は堂々と抗争するから隠さなくていいんだよ」  物騒な話が展開されているのに、どこか遠い出来事のように思える。  頭の働きが鈍く感じるせいか、繋がっているロン自身の生々しい形や動きが今まで以上にダイレクトに感じられていた。ロンの腹の上でそそり立ってる俺の先端からも、汁がじわじわと溢れている。 「ああそうだ。それで、殺し屋辞めるって時に『お前武器にうるせぇし、それ扱えよ』って言ったんだったな。で、武器の類はあいつにある程度任せたわけ」 「そ、ぅか……あ、ぅ……んッ……は、ぁ」  ロンは昔を振り返るように、穏やかに語る。それはまるでピロートークのようで。  行為の真っ最中で、腹の奥からはじんじんと堪えきれない感覚が溜まっているというのに、頭は夢見心地のようなふわふわとした感覚だ。もっと聞きたいのに、目の前が霞む。 「ん、ぁ……ろ、ん……あっ、あ……」 「おい。さっきより動き遅くなってんぞ」  そうだ、ロンを気持ちよくしないといけない。それこそが、俺がここにいる意味。  ぎゅううと後孔を締めたつもりだけど、どれだけ彼に伝わっているかもわからない。そう言えば、身体が妙に熱い。 (駄目だ、ロンを満足させないと)  そう思うのに、自分の身体がどうなっているのかもうわからない。  何が起きたのかわからないまま――俺は意識を手放してしまった。

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