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19_沈思の深淵、掠める影

 全身を包むまどろみと、わずかな気だるさ。その中から意識が浮上し、俺は目を覚ます。  窓から鮮やかな夕陽が差し込む中、全裸の状態でベッドから起き上がる。東棟の広すぎるベッドには俺しかおらず、深夜まで俺を抱いていたロンの姿はどこにもない。  事後に身体を清めた上でシーツを変えてから眠ったせいか、目覚めはすっきりしていた。 (……騒がしいな)  耳はいい方だからか、部屋の外から組員と思しき声がいくつも聞こえてくることに気付く。  普段組員たちが出入りする西棟や南棟は、俺がいる東棟に対して中庭を挟んで反対側だ。  それもあって、日頃の生活上ではあまりその声を聞くことはない。……単に組員側がロンの情事を見ないように避けている可能性も大いにあるが。  しかし、今日はそれを考慮しても騒がしかった。 (……そういえば、ヤーシュから武器を補充するとか言っていたか)  先日、西棟の大広間を訪れた時。解散の宣言と共に、ロンが言っていたことが浮かんでくる。  武器商人から大量に武器を仕入れていたということは……これから何が起きるか、なんとなく想像がつく。 (忙しくて発散したくなるか、来なくなる……いや、前者だろうな)  抗争を前提にロンの行動に思いを馳せたが、彼が忙しくて来なくなるという可能性はすぐさま頭から消える。忙しさを理由に彼が来なくなったことが、よくよく思えば一度もなかったからだ。  今までの傾向から考えると、むしろ苛立った末に無茶を言われる可能性が高そうではあった。 (万全にしておいた方が良さそうだ)  食事をしっかり取って体力を蓄えることと、全身に施す事前の仕込み。  いつロンが来ても、呼ばれてもいいようにしなければと考えていると――ノックが聞こえる。  ベッドから下りて用心をしながら扉を薄く開けると、そこには長身の影が立ちはだかっていた。 「……ズージンか。珍しいな」 「用があれば立ち寄るくらいはする」 「……ロンはいないが?」  不思議に思って首を傾げるも、ズージンはピクリとも表情を動かさなかった。 「私が用があるのは、お前だ」 「俺……?」  信じられずに聞き返すと、彼はわずかに頷いた。 「近々、大規模な粛清が予定されている」 「ああ、先日そんな話をしていたな」 「理解しているなら話が早い。……お前の周りにも、敵から探りが入る可能性が高い。不審なものや人を見たら、イーチェン伝いに連絡しろ。私の方で精査の上、必要に応じて対処する」  ズージンの言葉に、俺は驚かされっぱなしだった。  ただの娼夫である俺が探られる可能性や、それを見越した俺への忠告。まるで“部下”を相手にしているかのような扱いに、落ち着かない心地になった。  ズージンにとっての俺は、ロンに扱われるだけの“物”に等しいと思っていたからだ。 「何を呆けている。以前の報告と同じことをするだけだ」 「いや、それはわかっているが……」  何がわからないのか、とズージンは訝しげな眼差しをこちらに向ける。  それを受けて、俺は静かに首を振った。 「いや、すまない。お前にそんなことを言われるとは思っていなくて驚いていた。お前にとって、俺はただの警戒すべき異物だろうとばかり」 「……否定はしない。ロンが頭になってから、天義会が裏組織として順調に拡大していることは事実だが……内部が安定していると言えない状況で、お前のような存在はリスクが高い。事実、ロンがお前に東棟を割り当てて、古株連中から反感を買ったのは予想外だった」 「それは……単に意地の悪いあいつの性質だ」 「ああ。それも否定はできんがな」  本来は幹部に与えられるべき神聖な東棟を男娼に割り当て、その幹部たちはより格下の西棟が割り当てられる。煽り以外の何事でもない。  しかし、それでもロンはマフィアのボスに相応しい人間だとは思う。男娼から見える『龍頭』としてのロンの姿なんてわずかなものだが――圧倒的な力で部下を従えているし、自分の判断を迷いなく実行する独善的な決断力があるからだ。  だからこそロンは好き勝手に俺を囲い込んだし、ズージンはそんな俺も警戒する。当然のことだろう。   「だが、異物であろうと――先日のお前の報告が、今回の粛清の契機になった。天義会に反旗を翻そうとする連中を屠る、いい機会にな」  そうして思い出されるのは、俺の部屋を掃除すると言って入り込んだ使用人。  直接危害も加えられなければ、碌に会話もしていなかったが――あれが、“探り”だったのかと、思い返す。 「私は成果を出した人間は、相応に評価すべきだと考えている。それが例え、男娼だとしても」 「……そうか」 「お前は今、自身が思っているよりも内部にいる。であれば天義会の人間に等しい。わかっているな?」  不思議な心地だった。  俺はロン個人に必要とされればいい立場ではあるが、組織全体を統括するズージンに――大したことじゃなくとも――任されると、踏みしめているこの地が『ここにいていい』のだと認めてくれているようだ。  ただの消耗品に等しかった自分が、一員のような扱い。都合のいい錯覚のようだった。  なんにしろ、ロンの男娼である身としての返事は一つだ。 「俺はロンの所有物だ。同じ所有物である天義会に、不利益になるようなことは絶対にしない」  きっぱりと言い切ると、ズージンは相変わらず物珍しそうな目をしていた。 「……よく言い切れるものだ。あの男から逃げようとは思わないのか」 「思わない。あいつが必要とするなら、俺はロンの物だから」  ズージンは口元に手を当てて何かを考えこんでいるようだった。  そうして、数秒思考に耽る。もしかしたら、何かを思い出しているのかもしれない。 「私は、あの男がこの組織でのし上がるまでを見てきたが……ここまであいつに信を置いている人間は初めて見た」 「……お前も龍頭として、ロンを信用しているだろう」 「信用はしていない。単に現状で利害が一致しているだけだ。私以外も、ほとんどがそうだろう」  そういわれれば、ロンは恐れられているイメージが強いし、イーチェンもそれほど組織を信仰しているわけでもない。  この組織でロンに親しみを持っている人間を俺は見たことがないし、ズージンですら知らないときた。  天義会にいないのなら、それより昔なら――いるのだろうか。 「ズージンは、ロンが天義会に来るまでのことは知らないのか?」 「……お前はどこまで知っている?」 「昔は暗殺業をしていたとだけ」 「私も、知っていることと言えばその程度だ。だが一つ言えるのは、ロンは今よりも血に塗れた闇深い社会にいた。マフィアのような仁義も、忠誠もない無法地帯だ。その出自の人間が、表に出てきたからと信頼に足るとは到底言い難いだろう」 「…………」  時おり見せる冷めきった目。感情も何もない表情は、その名残なのかもしれない。  俺を抱いて、揶揄うように笑って、求める男は――今まで、どんな景色を見てきたのか。  どんなふうに生きて、殺して。そして女を、もしかしたら男を……抱いてきたのか。どういった気持ちで俺に触れて、使っているのか。  今まで考えないようにしていた私欲が、わずかながら俺の中に燻っていた。 (俺自身の願望を出したら碌なことが無いと実感したばかりなのに。懲りないな、俺も)  そう思いながらも、ロンの見えない部分を見たいと思ってしまう。  雲を掴もうとする愚かな自分を律しようとするも、なかなかうまくいかずにいた。    * 「挿れるぞ、フェイ」  机の天板を背に寝転がり、両足を大きく開いた俺にロンが覆いかぶさる。  ズージンが忠告をしに来てからしばらくして、俺はロンからの呼び出しを受け、彼の部屋を訪れていた。  今日も今日とて彼を発散する“仕事”だ。  散々焦らされてほぐされた俺の後孔は、その入り口を開いたり閉じたりしながらひくひくと震えていて、先端を宛がわれているロンのモノを求めていた。 「オレの、そんなに欲しいか? 亀頭にすげぇ吸い付いてくる」 「んぁ……ほし、い……」  娼夫らしい回答であり――漏れる本心を伝えれば、ロンはニヤリと笑う。  つぽ、と入り口に先端が入りかけるが、それはすぐに離れてしまう。焦らすように、先端を沈めかけては抜く、を繰り返された。 「ロン、ぁ……なに……」 「お前が集中してねぇから、問い詰めてやろうかと思って」 「おれ、が……?」 「そ。まぁ相変わらずド淫乱だから感じまくってるし、俺のが欲しくてしかたないのは事実だろうけど」  ロンは先端だけで俺の入り口をこねくり回しながら、決して入れようとはしない。  それを待ちわびている腹の内側が、キュンキュンと刺激を求めて鈍く収縮していた。物足りなさからくる渇望が、俺の腰を自然と揺らしてしまう。 「といつめる、って……なにを」 「知らねぇよ。それを白状しろっつってんの。何考えてた?」  そう言われて頭に浮かぶのは、ズージンと話した時に頭にこびりついた疑問。  特段隠すことでもないので、俺は口を開いた。 「おまえの、過去のこと……」 「あ? 俺の?」 「ん……お前が、どう生きてきた、のか……気になって」  どうして強くなったのか。どうして暗殺業をしていたのか。何を思って龍頭になったのか。今まで何人の女を抱いて、男を抱いて……その記憶にとどめたくなるような関係はあったのか。  それを聞いたところでどうなるものでもない。肉体関係のことなら、プレイに取り入れることはできるだろうが……そんなことは、ヤりたい時にロンがリクエストすればいいだけなので、俺が把握する必要のないことだ。 (それなのに、気になってしまう)  懲りないと思いつつ、その考えが捨てられない。  正直に答えれば、ロンはしばらく真顔のまま黙り込んでしまった。  後孔に宛がわれた先端も動きを止めてしまって、もどかしくなった俺は、自分からその先端に自分の腰を押し付ける。それでも、快楽で力が抜けかけている俺には先端をしっかりとナカに挿れることができない。  もどかしく思っていると――不意に、先端が孔に押し込まれた。 「あ! あ、あ……うぁ……ん、ふっ……」 「そんなに知りたがりとはな。“仕事”が出来りゃ、何でもいい派だったろ? お前」 「そ、だった……けど、ぁ……ん……」  ずぶずぶと俺の奥へと入り込んでくる生々しい感覚を噛み締めていると――覆いかぶさったロンは笑みを深めていた。  よく知ったいつもの悪い笑みよりも、一段階深い。普段よりもずっとずっと凶悪な顔。無茶難題を振りかけてくる時の顔だ。 「……教えてやってもいいぜ」 「ほん、とう……?」 「俺がナカにぶちまけるまでに、絶頂せずにいられたらな」 「っ、あ!」  そう言うや否や、ロンは俺の弱いところを突きあげた。  腹の内側に強い痺れにも似た波紋がじぃんと全身に広がっていく。  その衝撃を呑み込む暇もなく、ロンは太い肉棒を俺のナカに何度も叩きつける。  すっかりロンに弱いところを把握されている俺は、突かれる度にその身体をびくんびくんと跳ねさせてしまう。腹の上を跳ねる自分の先端からも、透明な液体が滲む。 「あッ、教える気、な、ぁ!うあッ、ひぐッ、あっ、あっ!」 「お前が雑魚なだけだろ? ほら、知りたいなら頑張れよ。おらっ!」 「ひぎっ、アッ、んぁ、そこ、ダメっ、あん、ろ、んッ!」  知りたいのに、何度も何度もロンに抱かれた身体は言うことを聞いてくれない。  彼のモノにナカを満たれて、擦られるのに悦んで、突かれて喘いでしまう。いつもならこれでいいと納得できるのに、今日は抵抗したい。それなのに、敵わない。 (知りたい、知りたい。イキたくない、イキたくないのに―…ッ)  腹に貯まった感覚が弾けて、自分の腹の上で反り返るものからびゅくびゅくと液体が緩く漏れる。  今日もまた、目の前の男を掴み損ね――その後も敗北を喫し続けてしまった。

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