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20_陰天の約束、這い寄る因果

 夕暮れ時だというのに、空を覆う分厚い雲のせいで、穏やかな夕陽はすっかり遮られている。  天義会の本部では、下っ端連中がドタバタと建物のあちこちを走り回っていた。  一人が複数の武器を抱えて走り去ったかと思えば、別の一人は何かの地図と思われるものと睨み合い、貫禄のある幹部は複数の部下に指示を飛ばして回っている。  天義会本部は、ある意味でお祭り騒ぎだ。 「龍頭、お疲れ様です!!」  中庭を駆けまわる一人が、北棟の廊下をだらだら歩いている俺に気付き、声を張り上げて頭を下げる。  それに呼応して周辺の人間も、俺に頭を下げた。声を掛けるのも面倒で、軽く手を上げて応えれば、忙しさのためかすぐさまそいつらも散会していく。  ――今日は、本部直属の連中総出で傘下の組織を潰しに行く日だ。  逆らう連中を細々と潰したりしてきたが、今日の規模は今までとは違う。  俺が継ぐ前から天義会に長らく仕えていた古参の傘下組織を一つ、完全に解体する。従っているフリをして不義理を働いている組織を粛清し、血祭りにあげるのだ。  戦いは大規模なものになるだろうし、明確な役割のある大きな組織を潰すためには根回しがいる。  それらを整えるのにずいぶんと掛かってしまったこともあってか、今回の強襲は今まで以上に気合の入ったものになっていた。 (ま、やることは今までとなんも変わんねーんだけど)  気にくわない組織の元に行って、叩きつぶす。それだけ。  それもあって、オレは特別身構えたりなどはせず……至っていつも通りだ。  むしろ、今まで歯ごたえのない連中ばかりを相手にしてきたからか、今回は少しくらい楽しませてくれるんじゃないかとワクワクしているくらいだった。  そんなことを考えながら、俺は東棟の扉の前に立つ。  ワクワクすることは、もう一つあった。 「フェイ、起きてるか」  そう発声すると同時に、オレは扉を開いていた。  わざわざノックをする必要も、返事を待つ必要はない。俺の物を扱うのに誰の許可もいらないように。  部屋の中を見れば、フェイは窓から外を見ていたようだった。  フェイに着せている普段の衣装は、背中側に布らしい布がほぼない。前掛けの薄布を支えるためだけに存在する、ブラジャーの背面のような布のベルトと、脇下を飾るように編み込まれたリボンくらいだろう。  申し訳程度の紐パンの糸が尻のくぼみを通っているくらいで、我ながら随分と趣味が良い。 (うーん、ぶち込みたくなるいい眺めだな)  フェイが振り返ると、露出している乳首と胸の刺青もこちらに向いた。  ひたひたと裸足のままこちらへと歩み寄ってくる。 「ロン、どうした。出かける間に抜きに来たのか」 「ん? なんだ、こっから出かけるって知ってたのか」 「先日ズージンが言っていた。大規模な粛清あると」  ひと際騒がしい屋敷内の様子を見て、察知していたのだろう。フェイは学こそないし誘いも下手だが、こういったことの感知に関して言えば決して鈍くはない。  組員のせわしなさから、今回の粛清がどれだけ本気度の高いものか理解していることだろう。  その上で、俺はフェイを見下ろしながら口を開いた。 「今日は、お前がいた娼館を仕切ってる奴ら――永盛堂を潰す」  ぴく、とフェイの眉がわずかに動いた。  表情自体は口を引き結んだままで、そこからの感情はまだ読み取れない。  フェイを献上した娼館は、周辺の風俗系列を管理する永盛堂が仕切っている店だ。  つまり、永盛堂が娼館に向けて献上品を要請したことで――フェイはオレの元に送られることになった。いわば、自分を人柱にした相手だ。 (喜ぶのか、悲しむのか。それとも複雑な顔をするか――)  このことをフェイに伝えて、どういう反応を見せるのかを愉しみにしていた。  娼館を見捨てるのか、庇うのか、気遣うのか。いろんな反応を想像しながらフェイの答えを待っていると、当の本人は少し逡巡した後、薄く唇を開いた。 「わかった。帰って来た時のために、後ろの準備は済ませておく」  そう言って見上げる顔には、何の感情も張り付いていなかった。いつもと同じ、真顔の仏頂面。  逆に言うと――永盛堂への興味は、一つもないように見えた。 「はは、言うことねぇのかよ。一応、お前のところの古巣だろ?」 「昔はな。だが今、俺はあの娼館の娼夫じゃない。お前の所有物だ」  正面に立っていたフェイは、右手で俺の腹にその手を添えると、ゆっくりとその手を下らせ――オレのモノがある場所で止める。 「俺はお前のために――“これ”のためにいる。そうだろう?」  自然と口角が上がっていた。  一ミリも疑っていない、狂気じみた忠誠。揺るがない自負。  オレの元に来た時からそれは明確に見えていたが、最近ますます拍車がかかってきているように見えて――たまらない。  気が付いたら、オレはフェイの後頭部の髪をわし掴みにして、唇を奪っていた。 「ん、ふ……ふぁ、あ……んぅ……」  油断していたフェイの口内を犯せるだけ犯して、窒息させる勢いで呼吸を奪う。  無防備に差し出された舌は柔らかくて、直前に菓子でも食べていたのではないかと思えるほど甘い。気が緩んだ瞬間、衝動のままに噛みちぎってしまいそうだった。  口内を一通りぐちゃぐちゃにして満足したオレは、ようやっとフェイを解放する。 「はぁ、なんなんだ……もう……」 「気分」  この後、血で発散する予定がなかったら、ほっぽり出してフェイを犯し尽くしてやろうかとも思ったが――踏みとどまる。  小賢しいハエを先に叩きつぶさなければ、気兼ねなくセックスもできなそうだからだ。 「ま、自分のやるべきことがわかってるならいいわ。孔、しっかりほぐしとけよ」 「言われるまでもない」  ぶはっ、と笑い声が漏れた。至って真面目な顔で了承することじゃないからだ。  ああ、やっぱりフェイは最高だ。様々な意味で、オレをとことん満足させてくれる。 「龍頭」  その時、冷ややかな声が背中の方から投げかけられた。  振り返らなくても、誰か分かる。 「あーあー、分かってるって。もう行くんだろ」 「貴方がいなければ始まりませんから」  一瞥すらせず、オレはわかったことを伝えるためにズージンに向けてひらひらと手を振った。  オレの代わりとばかりに、フェイはオレ越しにズージンを一瞥する。 「何人か護衛は残していく。イーチェンも置いていくから、好きに使え」 「わかった。何か気になったことがあれば、伝えておこう」 「ああ。……では、龍頭」 「はいはい。んじゃ、行ってくるわ」  背中からかかる無言の圧がウザったらしくなり、オレは諦めて身を翻した。  肩にかけているだけのミドル丈ジャケットが振り返りざまにひらりと舞うのを感じながら、オレはズージンと共に東棟を後にした。  図体のでかい男を後ろに引き連れて、廊下を進んで行く。 「あいつへの態度、随分丸くなったな」  振り返らないままオレがそう告げるも、ズージンからは咳払いの一つも聞こえてこない。 「貴方の男娼という自覚が出来てきたので、言うことがなくなっただけです。忠誠心も芽生えて、密告も行っていましたから」  返って来たのは、いつもの淡々とした言葉だけだった。有能ではあるが、相変わらず面白みのない男だ。 「何より、娼婦を都度手配する余計な手間が減るなら、宛がう相手として彼は有用です」 「余計な手間っつーのが癪に障るが……ま、そうだな」  とっかえひっかえする度にビビられたり、具合の良し悪しが賭けになるのは、面白みこそあるが面倒臭くもある。  その点、フェイの具合の良さはわかりきっているし、いろいろと楽だ。  忠誠心という点においても、イカレ具合が度を越している。ズージンの心配は、本当の意味で杞憂と断言できる。 「オレのフェイは使えるからな。心配するだけ無駄っつーことだ」 「そうですか」 「さーて、さっさと永盛堂を潰して、フェイも抱きつぶす」 「後半はご勝手にどうぞ」  少しでもやる気のスイッチを入れるために、ぐっと両腕を空に伸ばす。  面白みのない小言を聞きながら、オレは足を進めたのだった。    *  分厚い雲に覆われていても、その向こうにある陽が沈めば辺りは暗闇に包まれる。  俺は東棟から窓の外を眺め、いつ雨が降ってもおかしくない曇天を見上げていた。 (抗争は始まった頃だろうか。それとも、もう終わった?)  ズージンが言う通り、本部内は少数を残して人が出払っているからか、静かすぎるほどだった。  いつもならロンの戻りが夜半になることを見越して仮眠をとっているところだが、どうにも今日はそういった気分ではなく――その気分のまま、起きて彼の帰りを待っていた。 (いつ、戻ってくるだろうか)  マフィアの抗争というものがどういうものか、当然俺が知る由もない。だから、ロンがどうやって粛清を終えて、どのくらいで帰ってくるか。想像することも叶わない。  想像できることといえば、彼がこの部屋を訪れてからのことだけだ。  あっさり終えて退屈そうにしてるのか、血に昂って獣のような眼差しを向けてくるか、それとも戦いの余韻を引きずって楽しそうにしているのか。  なんにしろ、ロンは戦いの後は俺を抱くことがほとんどだ。だからこそ、約束通り後孔を洗浄して潤滑油を仕込んでいる。どんな状態であれ、彼を満足させるために。 (早く、必要とされたい)  ロンの手で乳首を弾かれ、こねくり回され。揶揄うように笑いながら下を弄って、煽って、ナカを満たす。  散々抱かれてきた記憶と想像が入り混じって、ぞくりと腰のあたりがあわ立った。  彼を満足させるための行為なのに――始まったら、きっと俺も満たされてしまう。それを望んでいる。 (早く、帰ってこい)  その時、廊下から『カタン』と物音がした。  弾かれるように、その音がした方――扉の方を振り返る。誰かが帰って来たのだろうか。  それから聞こえてくるのは、廊下の床板が踏みしめられる音。足音を抑えている様な、微かな音だった。 (――おかしい)  ロンが帰って来たのなら他の組員の声もするはずだし、イーチェンならもっと堂々と歩く。そしてイーチェン以外に俺の部屋にわざわざ近づくような奴はいない。使用人が来る時間帯でもない。  俺は静かに、部屋に備え付けられているフルーツナイフを手に取った。 「…………」  吐息すらも押し殺して待っていると、扉がぎぃぃと軋みながらゆっくりと開く。 「――ユエン?」  その扉の隙間からこちらをのぞき込む影。  室内の薄暗い灯りに照らされて見えたのは――かつての客、シァミンだった。

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