22 / 23

22_鳥籠に浮かぶ、下弦の月

 東棟の中に静寂が訪れたのと入れ違いに、外からはいくつもの怒声が聞こえてくる。  それと同時に何発かの銃声。明らかにロンの凱旋ではなさそうだった。 「ユエンさん、無事っすか!」  ふと声が聞こえて、俺は窓の方を見る。  開いた窓の下からひらひらと手が伸びている。それを視認すると同時に、イーチェンは窓枠を掴んで飛び上がり、窓の縁に足をかけてひらりと室内に入ってくる。 「イーチェン、あの銃声は」 「永盛堂の奴等みたいっす。本部が急襲されるのを察知して、仕掛けてきてるっぽくて。まぁ向こうも向こうの本部の守りを厚くしてるみたいなんで、こっちに回せる人数はそれほど多くないっぽいですけど」  もともと天義会の本部には最低限の人間しか配置していないこともあって、騒ぎ自体は大きくない。  敵側の人数も少ないということで、計らずもパワーバランスが拮抗しているのかもしれない。 「あいつらの目的は……」 「さあ。わかんないですけど、ボスを挑発するためにこの本部を落とそうとしてるとか……」  ちらりと、イーチェンが部屋の隅で気絶しているシァミンに気が付く。  一瞬驚いて目を見開いたが、俺の手にあるスタンガンを見て察したらしい。俺は持っていたその武器を、鏡台の上に置いた。 「あとは、ユエンさん……かもしれないっすね」 「……お前も、そう思うか」  久盛楼を通してシァミンを操り、永盛堂は俺を本部から連れ出そうとしていた。  最近のロンはしょっちゅう俺を外に連れ出していた。その様子を端から見れば、当然俺は“お気に入り”として映るだろう。であれば、狙われる理由には十分なりえる。 「なんで、早く逃げましょう。あっちはもう陥落したらしいんで、攻めに行った連中が帰ってくるのも時間の問題っすから」 「……であれば、ロンも戻って来るのか」 「はい、ちょっと前に連絡入ったんです。さすがボスって言うか」  ――永盛堂の本部が落ちた。  それが早いのか遅いのか、戦いに出ない俺にはさっぱりわからない。しかし、イーチェンの反応を見るに相当早いのだろう。  底知れない強さを持っているロンのことに思いを馳せて――あることに気付く。 「ロンたちが帰還中であることを、今侵入してる奴等は知ってると思うか?」  俺の唐突な質問に、イーチェンは目を丸くする。 「無線聞いてる感じ、知らないと思いますよ。だいぶ息巻いてるらしいんで」 「…………」 「なんですか。急に」 (今の侵入の目的が、本部の占拠と俺の確保にあるとしたら)  仮に俺がイーチェンと逃げて、敵が『龍頭のお気に入りは本部にもういない』とわかってしまったら。ロンが戻って来ていると知った瞬間に、そいつらは撤退して姿を消すだろう。  傘下の古参組織が天義会に反旗を翻した上、本部を荒らすだけ荒らして逃げおおせる。  それは――ロンが絶対に許すはずもない所業だ。ずっと隣で見てきたから、よく知っている。  最終的には地の果てまで追いかけられて、殺されるだろうが――砂をかけてきた相手におめおめと逃げられることは、ロンの望みでは絶対にないはずだ。 「……イーチェン、頼みがある」 「え、めっちゃ嫌な予感がするんすけど……」  明らかに嫌がるそぶりをするイーチェンに向けて、俺は窓を指した。 「相手に気付かれないように、本部を囲う門をすべて締めろ。敵を閉じ込めるんだ」 「ちなみにユエンさんは……」 「俺はここに残って、侵入した奴らを引きつける。ロンが帰ってくるまで、足止めだ」  俺の発言内容を予想していたのか、イーチェンはやっぱりと言わんばかりの苦い顔をする。 「いや、駄目ですよ。あいつら何するかわかんないですし」 「だが、もうロンはこちらに向かっているんだろう? それほど時間はかからないはずだ」 「殺されたらどうするんすか!」  そう言われ、俺は部屋の隅で気絶しているシァミンに視線を向ける。 「俺を殺すつもりなら、シァミンを使って連れ出そうとする必要はなかった」 「それは……」 「あいつらが欲しいのは俺の命じゃない。ロンの物である俺を奪い、勝ち誇るためだろう」  つまり、俺を見つけてもすぐに殺すことはない。少なくとも、殺すよりも有益に利用しようとするはずだ。 「……殺されなくても、犯されるくらいはされるかもしれませんよ。ユエンさんが敵に犯されたりしたら、連れ出さなかった俺がボスの怒りを買うんすけど」  苦い顔のイーチェンは、怯えるように大げさに自分の肩を抱いた。  その言葉を聞いて、俺はぽかんと開いた口が塞がらなくなる。そうして、何拍かおいて笑いの吐息が漏れた。 「大丈夫だ。ロンは俺が誰かに犯されたって、怒りはしない」  綺麗な穴が欲しいなら娼夫上がりなんて抱かないし、自分だけが抱くモノにしたいなら、東棟を誰でも入れるようなザルな警備にはしていない。ロンを恐れて誰も手を出してこないが、俺は誰にいつ抱かれても不思議じゃない環境にいた。  そしてロンは――俺の身綺麗さや操立てなんて、きっと求めていない。求めるのは、彼にとって都合のいい、役に立つ存在であることだけだ。 「――さあ、早く行け」  そう言って窓を示すと、イーチェンは苦い顔のままがしがしと髪の毛をかき混ぜた。  そうして、入って来た時のように窓枠に足を掛ける。 「万が一ボスの怒りを買ったら、俺の命乞い、絶対してくださいよ!」 「ああ、任せろ」  身軽に外へと飛び出したイーチェンの背を見送り、俺は窓を閉める。  曇天で外が暗いせいか、閉じた窓ガラスに俺自身の姿が映った。  右胸の上に刻んである、龍の刺青。 『お前は誰の男娼だよ』  ロンの物である証。今まではただの衣装の一部のようなものだと思っていたのに、今はどこか誇らしいとすら感じる。  それにそっと触れて、持ち主のことを思い浮かべていると――荒々しく、部屋の扉が開かれた。 「いたな、この売男」 「お前は……」 「なんだ、覚えていたのか。あの時の我々は、それほど惨めだったか?」  銃を手に入ってきたのは、3人ほどの男達。  もうどれだけ前のことかは覚えていないが、南棟にて、ズージンに収支報告をしに来ていた顔ぶれだった。 『お情けは今回までだ。次からはしっかり仕事を頼むぜ? こいつを献上した時くらい、いい仕事をな』 『…………龍頭の、仰せのままに』  ロンが俺を携えておちょくりに行ったことで、恨めしい眼差しをロンに向けながら歯噛みをしていた者たち。  しっかり恨みを買ってるじゃないかと、当時のロンをもっとたしなめたい気持ちに駆られていると――男の一人が、部屋の隅で気絶しているシァミンに気付く。 「こいつ、やっぱり駄目でしたね」 「ま、それほど期待しちゃいないさ。本部を落としてやれれば、男娼なんて二の次だからな」 「…………」  シァミンは一瞥されたものの、すぐに男たちの意識から外されたようだった。  本当に利用されただけの存在――昔馴染みということもあり、完全に情と一緒に切り捨てるのはまだ心苦しい。しかし、今はそんなことを考えている場合でもなかった。  男たちの眼差しが、俺だけに注がれる。 「知人がせっかく助けに来たというのに、振り払ったのか? まったく、あの男に抱かれるだけで、どれだけ金が出てるのやら」 「……俺を献上した側なら、わかっているだろう。正統な給金が出ているとでも?」 「なら、金も出ていないのに断ったのか。なら、誰彼構わず股を開く、真の売男だったわけだ」 「自分から進んでそんな淫売な格好をしてますからね」  先頭の男の言葉に、後ろに控えていた2人の男も続いて嘲笑をこぼす。  男たちは胸や背中がぱっかりと開いた俺の衣装を、頭の先からつま先まで眺める。  そんな中、俺は堂々と背筋を正したまま、自分の右胸に手を添えた。 「どうとでも言え。俺は、天義会で最も権威ある存在――龍頭に気に入られている、彼の物だ。お前たちがどんな言葉で蔑もうとも、それは揺らがない」  心臓の上で主張している、龍の証。それを誇らしげに手で示せば、彼らの眉間がピクリと引きつった。  ――高みにいる、ロンへの反感。俺への蔑みや当てつけは、その感情の延長線だ。物理的に孤立している俺に無用で執拗な言葉の追い打ちを掛けるのは、ロンに気に入っている俺が、彼と同一視されているからだろう。  だから、相手を引き付けるのなら……その怒りを刺激するのが最も効果的だ。 「ただ金を持つだけの一般市民や、不在の不意打ちしかできない姑息なお前たちとは――格が違う」 「なんだと、貴様!誰彼構わず、穴で咥えこむしか能がないくせに……!」 「お前が娼館で買えるような、その辺の穴と一緒にするな」  懸命に生きていた元同僚の娼婦たちが浮かび、思ってもないことを言う行為に心が痛む。  しかし俺の言葉が利いたのか、先頭にいた男が怒りの形相で駆け寄り、俺の首をわし掴んだ。 「ぐっ……!」 「底辺のゴミが、お高く留まりやがって」 「ふ、副堂主! 殺すのはまずいですよ!」 「そうですよ。そんな首、細すぎてすぐ折れちゃいますって……!」 「うるさい、分かってる! 脚、押さえろ!  俺の首を掴んだまま、男は俺を床に引き倒した。頭こそぶつけなかったが、未だ首に手がかかっている分、呼吸が浅くなる。  男に指示をされた部下2人は、言われるままに俺の両脚を大きく広げると、両足を押さえて固定する。 「お前はただ消費されるだけの穴だってこと、思い出させてやる」 「うっ、ぐ……ん、ぅ……!」  男は器用に片手でズボンの前を寛がせると、俺の後孔に容赦なく自身を挿入した。  いつロンが帰って来てもいいように用意してた穴は、異物にこじ開けられると同時に、ナカに仕込んでいた潤滑油が押し出される。ずぬずぬと、違和感が腹の奥に分け入ってきた。 「は、はは。あの男の物を、奪ってやった。あいつのテリトリーで」 「は、ぅ……あ、ぐ……ん、ぁ……」 「主のために準備済みだったか? 涙ぐましい準備も、無駄になった……なっ!」 「あっ、ん……うぁ、ひぐっ……」  ひと際強く腰を打ち付けられ、異物感に声を漏らす。  何とか優越感を感じさせようと、首を絞められている中でも俺は懸命に喘ごうとしていた。 (ぜんぜん、気持ちよく……ない……!)  ロンが挿入する時は、腹の奥が自然ときゅううと収縮するというのに。  固い棒で腹を殴られているような違和感が、ガンガンと下から突き上げてくる。  娼館で好き勝手されていた時のことを思い返す。最近はロンに気持ちよくされてばかりで、昔自分がどうやっていたのか、懸命に記憶を手繰り寄せる。 「あっ……う、んぁ……うぐ……」 「おいおい、ナカが締まったぞ。これのどこが格のある孔だって?」 (締めてやってるんだ、馬鹿……!)  腹の奥に力を籠め、感じているようなそぶりを見せないと、こいつらを引き付けることはできない。  俺は自分で自分の乳首を弄って淫売を演じながら、偽りの喘ぎ声を上げ続ける。  俺の足を押さえている男たちは嘲笑を浮かべながらそれを眺め、俺を犯している男は自身のもので力任せに出し入れを繰り返した。 「あっ、あっ、ん、う、はや、いっ!あぐっ」 「はっ、ははっ! 汚す! 汚してやるっ、お高く留まった、あいつのモノを……!」 「んぁ、ひ、ぐっ――ッ!」  夢中になって何度も何度も腰を叩きつけた男が、一番奥まで腰を進めて停止する。  ぶるりと震えると同時に、力が入ったのか――俺の首に添えられた手にも力がこもった。 「っ、か――ひゅっ……」  呼吸ができずに、意識が飛びかける。いつもなら気持ちよさに失神しかけるが――今回は違う。  物理的に呼吸が止められ、できもしないのに空気を求めて口がぱくぱくと動く。 (まず、い――……)  意識が消えかける中、パンッと破裂音がした。  右足の拘束がなくなると同時に、首にかかっていた手から解放される。  俺に覆いかぶさっていた男の影が離れると、そのさらに後ろには見知った影が立っていることに気付いた。 「ろ、ん……」  かろうじて残った意識でそう呼ぶと、その影の口元が弧を描く。  それは曇天で暗がりとなった部屋に不気味なほど浮かび上がる――死を呼ぶ、下弦の月だった。

ともだちにシェアしよう!