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23_血濡れた道、その行先に

 分厚い曇天が空を覆いつくしているのに、その向こう側にある陽が沈んでいるのがわかる。  昨日の同じ時間帯と比べると、辺りは随分と暗い。それはオレにとって都合がよく、アドバンテージだった。  伝統的で大きな一階建ての建物の数々と、それを囲う高い塀。オレはその内側で、一人ぶらぶらと草を踏みしめ、散歩をしていた。  唯一普段と違うことと言えば、今いる場所が天義会本部ではなく――敵の本拠地真っただ中というところだろうか。 「だから何度言えば分かる! 本部の連中は東門に誘導するようにしろ!」  窓の向こう――室内で、怒鳴りらす声がする。永盛堂の堂主だ。  無線を手に大声を出しており、かなり感情的になっているのがわかる。オレはその声を聞き取りながら、窓の隙間に細い金属棒を差し入れた。内側の留め具を探るように、ほんのわずかに動かす。  かちり、と小さな音がした。怒鳴り散らしている堂主の声に紛れるよう、タイミングを計って窓を開ける。堂主はまだ気づいていないようだった 「絶対に内側に入れるんじゃない! 永盛堂の神聖な地を踏ませるな!」 「ハッ、ただの箱が“神聖”ね」 「ッ!? 誰だ――!」  あまりにバカバカしすぎて思わず声が出ると、堂主は驚いた様子で振り返る。  堂主が振り返るのに合わせて、オレはそいつの首に飛刀を添えた。ただそれだけでいい。自分で飛刀を引く必要はない。大げさな動きで、堂主が自ら幕を引くからだ。 「かはッ……」  驚きに目を見開きながら、堂主は自分の手で自分の首を押さえた。  その合間からは大量の血が吹き出し、オレの顔や服を赤に染めていく。それを避けることなく、正面から浴びながらオレは飛刀の刃を腕のシャツで拭った。 「待ってたんだぜ? 昔のしきたりに縋りつくお前らが、少しでも変わることをよ」 「ッ……! ッ……」 「けど、どうやら無駄だったな……時間切れだ」  堂主は首から溢れる血を押さえながら目を血走らせ、オレに食って掛かろうとして――そのままうつ伏せで床に倒れる。オレにかかった赤の一部が、床に広がっていく。  オレはそれを一瞥して、堂主が取り落とした無線機を拾い上げた。 「よう、永盛堂の下っ端連中諸君。オレは天義会の龍頭、ロンだ。お前らのボスはもう死んだぜ」  ガサガサとノイズ交じりの無線からは、戸惑いや呆気にとられた声が聞こえてくる。  混乱する現場で多くの人間が間抜け面を晒しているかと思うと、面白くて自然と口角が上がる。 「抵抗してもいいが、抵抗した奴は惨たらしく殺す。逃げようとしても殺す。投降したら……能力と忠誠次第で、殺すかどうか考えてやる。末端の連中にも伝えろ。自分で決めさせるためにな」  反論も質問も受けつけず、一方的にそう告げてオレは無線を切った。  そして、床に広がる赤い水たまりを遊び半分に蹴り上げる。上に倒れている堂主の背に赤い水が飛んだ。 (ホント、古代から進化しない奴は呆気ねぇんだよな)  オレの生い立ちをある程度知っているくせに、考えが及んでいない。  古いマフィア組織同士の抗争だから、名乗りを上げて正面からぶつかってくると思っている。そういった非効率かつ固定化した概念によって、いつか足元をすくわれるとは微塵も思っていないのだろう。 (ま、あんま考えねぇか。オレ自身が単騎で特攻してくるなんて)  歴史ある天義会として、これはきっと『顔に泥を塗る』戦い方に違いない。  正面から仕掛けたと見せかけて、隠密による暗殺で相手の頭を取るなんて行為。仁義も何もない。ただ血なまぐさく“勝つ”だけの手法。  だが、勝つことは正義だ。死なないことが、勝利だ。それはオレが殺し屋をしていた時の、世界のルール。 「変わんねぇな、どこでも」  思わずそうつぶやくと、胸元の携帯端末が震えた。  もうやることもないため、オレはのんびりと自分の携帯端末を手に取った。 「ズージンか? もう終わったから、後は適当に処理しとけ」 『承知しました。では、龍頭は本部にお戻りください。来客のようですよ』 「あ? 来客?」   *  パンッと、隠すこともない堂々とした銃声が響く。  渡り廊下の向こう側で小競りあってる敵に向かって引き金を引けば、一瞬だけ制止した敵は頭から前かがみに崩れ落ちる。そいつと向き合って戦っていた天義会の組員が、驚いてオレを見つつ両手を組んで謝意を表す。 (思ったより荒れてねぇな)  永盛堂のボスを速攻で潰した後、オレは一部の兵隊を連れて天義会本部に戻ってきていた。  本部の中は、ズージンが報告していた客――永盛堂の少数部隊が入り込んだことで、多少なりとも荒らされていたが、想像よりも、残した護衛が食い止めていたようだった。 (いい意味で予想外ばっかだ)  オレは本部に戻って来た時、下っ端から聞いた報告を思い返す。 『奇襲をかけてきた連中は全員、中にいます。ユエンさんが引き付けるからと申し出て……万が一逃がさないようにと、外門も閉めました。一度は逃げるように伝えたんすけど、足止めするって』  フェイがこのどさくさに紛れて逃げるとは到底思っていなかったが、自発的な行動をとったのは予想外だった。  ただ求められるままに身体を差し出していたフェイ。出会った頃なら、逃げるように促された時点でそれに従っていただろう。その手を振り払って、残ったことを思うと――愉快で口元がにやけそうになる。 (ったく、どんだけオレの役に立ちたいんだか)  破滅的な献身も、ここまで来ると才能だ。  何より愉快なのは――フェイの行動や読みが、オレの望みや要望をよくわかっていたことだった。  他人によって目の前に作られる道は何も面白くない。石畳を破壊して、地面を掘り返して、案内板をへし折って道を戻りたくなる。  それなのに、フェイが自分の身体を犠牲にして作る道は、オレが元より進もうと思った道に限りなく近い。  だからこそ、献身で作ったその道はしっかり踏みつけて、乗り上げて渡ってやりたくなる。それはオレをただ利用したい奴と、イカれるほどオレのために尽くす奴の差なのかもしれない。  開きっぱなしになっている東棟の扉をのぞき込む。 「あっ、あっ、ん、う、はや、いっ!あぐっ」  部屋の中では、フェイを地面に引き倒して覆いかぶさる男が一人。フェイの両脚を押さえている男が二人。  覆いかぶさっている男は意気揚々と腰を振り、フェイの孔に粗末なものを必死に出し入れしている。 「はっ、ははっ! 汚す! 汚してやるっ、お高く留まった、あいつのモノを……!」 「んぁ、ひ、ぐっ――ッ!」  少し近づけば、フェイは犯されているのと同時に首を絞められていることがわかる。  眉をゆがめ、酸欠で意識を失いかけているフェイの様子に、ぞくりと背中が粟立った。  引き付けるためか、わざとらしい喘い声を出してこそいるが、明らかにオレが抱いている時とは違う反応。めったに見ることのない、“嫌悪”の表情。 「っ、か――ひゅっ……」  宙を見る目の焦点がブレ、虚ろになっていく様子に、オレは思わず銃を向けた。  引き金を引けば、破裂音と共にフェイの足を押さえていた男が一人床に倒れる。  フェイを助けてやりたかったとかじゃない。興奮して、抑えが利かなかっただけだ。気が昂って、何かに当たり散らしたい気持ちになった。その力が引き金の指にかかった。 「ろ、ん……」 「よぉ、楽しそうなことやってるな?」 「りゅ、龍頭……! なぜ、ここに……!」  その返事代わりに、もう片方の足を押さえていた男のこめかみを撃ち抜いた。  両脚が解放されるが、気絶したのか、フェイの開かれた両脚はだらりと外側に向けて脱力する。  男は慌てた様子で、すっかり元気をなくした自身のものをフェイから抜いて、パンツを引き上げた。 「どうだ、オレの男娼は。具合、いいだろ?」 「っ……」 「あー、そう怯えんなって。別に怒っちゃいねぇよ。むしろ感謝してんだぜ?」 「か、感謝……だと……?」 「ああ。最近のユエンはオレがその穴に突っ込むと、すぐ悦んじまうからよ。痛がったり嫌がる顔なんて、たまにしか見られねぇんだ。久々に見れて、すげぇ興奮した」  事実、力がこもって二人殺してしまった。  もう少し泳がせたら、無理やりされているフェイがもっと見れたかもしれないというのに。  ヨくもないのに、イイふりをする下手な演技。オレのために嫌な男の物を受け入れる健気な行為。そのすべてが、オレを刺激していた。 「お前も、よかったな。最期にいい思いができてよ。ユエンが屋敷の中に居なかったら、そいつを抱く間もなく、お前はこの屋敷と一緒に火だるまになってただろうよ」 「何……! 貴様、権威ある本部を焼くなどと……! これだから、天義会の歴史も道義も理解できない若造が……!」 「そんなだから、お前らはその若造に殺されるんだよ」  いつまでも本質を理解できないだけの、老害。オレはあまりの哀れさに、笑いが零れた。 「この箱にそんな権威なんてねぇよ。権威あるのは……龍頭のオレだ」  今日何度目かの破裂音。  曇天の切れ間から覗いた月明りが、永遠に動きを止めた人影を静かに照らしていた。

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