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25_醒めない夢、泥濘の幸福

 カリカリと、紙の上にペンが走る音が響く。  その音は何かを確認するように、不規則に止まっては走り出すのを繰り返している。 「お前のせいで、うちの参謀が随分忙しくなっちまってるな」  そう告げたのは、高そうな一人掛けのソファにどっしりと腰を下ろしているロンだ。  彼の言う通り、部屋の隅に配置してあるテーブルでは、ズージンが書類に囲まれながら何かをひたすら読んでは書くという行為を繰り返している。 「可哀想だよなぁ? ユエン」 「……俺に難しいことは、わからない」  そう答えた俺は、大きなソファのひじ掛け部分に座らされていた。  ロンは俺の腰に腕を回していて、短い裾から覗く太ももを撫でたり、露出している脇を申し訳程度に覆っている紐を弄んでいる。 「娼館上がりには難しかったか。それなら……ちゃんと社会に出て働いてるお前にはわかるだろ?」  そう言って、ロンはソファの前で跪いている男を見た。シァミンだ。  髪や服が乱れたまま後ろ手に拘束され、ロンの座るソファの前に両膝をつく形でこちらを見上げている。 「…………」 「なんだ、わかんねぇか? お前が利用された組織、うちでも古株の稼ぎの良い傘下だったんだよ。それが壊滅して、風俗系列のルートが大荒れでな。そのためにそこの参謀は頑張ってるってわけだ」 「……壊滅させたのは、貴方でしょう」  ぽつりと、シァミンが反論した。  反応があった……それもむき出しの敵意に、ロンは目を細めて笑みを深めた。 「そうだよな。お前はオレの所有物をこそこそ盗もうとしただけだもんな」 「ユエンはモノじゃない」  煽るロンに、シァミンは恐れ知らずにも即答する。それを聞いて、ロンは噴き出した。 「お前、マジでなんもわかってねぇんだな。こいつのこと」  ロンは弄んでいた手を俺の右胸に添え、所有を示す刺青を指しながら傍の乳首を弾く。  俺は声が出そうになるのを抑えながらも、ロンの手を止めることなくそれを受け入れていた。 「こいつはオレのモノ。本人はちゃんと自覚してるぜ?」 「……ユエン」  シァミンが縋るような目で俺を見た。俺を連れ出そうとした日と同じ、何も疑っていない目。 「この場で言うのに勇気がいることなのはわかってる。でも……今ならまだ間に合う」 「…………」 「君があの場で言ったことは、脅されて仕方なくだろう? 僕はわかってるから。だから、正直なことを言って欲しい」  シァミンは必死に訴えかけてくる。そんなことはあり得ないと、俺が天義会を選ぶわけがないと信じて、まだ俺を“救済”する気なのだと伝わってくる。  その純粋さは彼の良いところであると同時に、自身の首を絞めていることをシァミンは理解していない。 (シァミンの善意は、本物だ。だからこそ……心が痛む)  彼を通い詰めさせ、のめり込ませ――こんなところまで足を運ばせてしまったのは、間違いなく俺だ。  そんな彼に、厳しい現実を突きつけることは憚られた。しかし、赴かせてしまったからには、俺からしっかり引導を渡さなければいけない。  シァミンとロン、二人の視線が注がれる中。俺はゆっくりと口を開く。 「……シァミン、お前とはいかない。俺はロンの所有物だ」 「ユ、ユエン……」  俺は、傍にいるロンの首に腕を絡める。  その言葉と行為に気をよくしたのか、ロンは両足を大きく開くと、その脚の間に俺を座らせた。  シァミンと向かい合うように座った俺の首元を、後ろにいるロンの吐息が撫でた。  ロンの手は俺の両脚を大きく開かせると、薄い布で隠れた後孔の場所を見せつけるように指で弄る。 「ッ、ロン……」 「自覚無いみたいだから教えてやるか? この穴はもう、こいつの知らない形になってるって」 「んっ、真面目な話を、してるのに……」 「オレも大真面目だって」  俺たちのやり取りを見てるようで、シァミンは見ていなかった。  ひとり視線を床に落とし、悲し気に表情を歪ませている。 「そうか……君がそう言うなら、今日は引き下がるよ」 「シァミン……」 「でも、きっといつか気づく。その幸せは本当の幸せじゃないって。だから……また、迎えに来る。今度は正面から、ちゃんとした手続きをして迎えに来るから」  そう語る表情は、悲しさを湛えながらも奮い立ったものだった。シァミンなりの覚悟が伝わってくる。  それが伝われば伝わるほど――俺の胸は痛んで、苦しくなっていた。 「ぶっ、ははは! 本当の幸せ! 本当の幸せね!」  その空気をぶち壊して大笑いしたのはロンだ。  酸欠になるのではというほど笑って、笑いながら俺のショーツの下に指を潜り込ませてくる。  上から押されていただけの後孔に、慣れた指の先っぽがつぷりと入り込んだ。 「あっ、ん……突然、どうした……んぁ」 「ユ、ユエン……!」 「いや、見せてやろうと思ってな。こいつの否定する“偽物の幸せ”ってやつ」  ロンは俺の肩に顔をうずめるようにして、傍にある耳に舌を這わせる。  それと同時に、侵入させた後孔の入り口をこねくりまわした。奥に仕込んでいた潤滑油がわずかに漏れ出て、ちゅぷちゅぷと過剰なまでの水音を響かせる。 「お、今日も準備万端かよ。仕事するな、お前」 「ぁ、う……お前の、娼夫だから……」 「いつ突っ込んでもいいようにって? はは、じゃあこのまま挿れてやろうか」  ロンは俺のショーツを横に引っ張り、指の入った穴をシァミンに見せつけた。  ひくひくとロンの指を求めて動く俺の孔を見て、シァミンは顔を大きく逸らした。 「目、逸らすな。この穴が、もうお前の孔じゃないって自覚するためによ」 「あ、ん……広げるな、中身が零れる……」 「ならやっぱいるか? 栓」  ぞくぞくとせり上がる快感に俺の身体が震える中、シァミンは顔を反らしながらも目でこちらを見ていた。  それは俺の乱れた姿が見たいのか、それとも信じがたい気持ちで訴えてきているのか。彼のことをうわべでしか知らない俺に、その本意をうかがい知ることはできない。  だから、悪いと思いながらも、俺は心のままに答えることしかできなかった。 「いる。お前ので、栓……してほしい」 「ッ……!」  シァミンの顔が明らかな悲壮感に歪んだ。  その表情に見守られているとわかりながら、俺は背中側のロンに腕を絡めると、腰を浮かした。  いつの間に準備していたのか、パンツの隙間から露出したロンのモノが、わずかに腰を突き出した俺の孔に宛がわれた。先端が入り口を押し広げ、太いモノが俺を割り開いていく。 「あ、あぁ……ん……」  ロンは俺の顎を掴んで、こちらに釘付けになっているシァミンに見せつけた。  今自分がどんな表情か、俺自身では当然認識することができない。ただ下半身が満たされていく多幸感に、口が半開きになってしまっていることだけは自覚出来ていた。 「ほら、特別だぜ? 天義会の連中だって、めったに見られるもんじゃない」 「はぁ……ロン、奥……きて……」 「っ、ユエン……ユエン……」  ロンを求める様子がよほどショックだったのか、シァミンはさめざめと泣き始める。  その光景は視界に入っているのに、徐々に頭に入ってこなくなってしまう。俺の孔をみっちりと埋め尽くすロンのモノが、俺の世界のすべてになっているからだ。 「いつか、君を救う……そんな悪夢から、目を覚まさせるから……」  泣きじゃくった言葉が遠くから聞こえる。  しかし次の瞬間には、ナカの壁を擦るずぬりという感覚が、思考のすべてを痺れさせた。  顎を掴まれて後ろを向かされると、悪夢とは到底ほど遠い――透き通った空色の瞳がすぐそこに迫っていた。半開きの口に、舌が差し込まれる。 「んっ、ふぅ……ロン……もっと……」 「娼夫の癖に、欲しがりすぎ」  そう言いながらも、俺のナカにいるロンのものは大きくて硬くなっているし、俺の口内を犯してるロンは満足そうな表情を崩さない。ロンに求められているという事実が、堪らなく俺を満たす。  ふと、ロンの表情が真剣なものに変わった。 「――連れていけ」  それは冷ややかで、感情が一つも乗っていない命令。  部屋の入り口に控えていた部下たちは、短い返事をした後にシァミンの両脇を抱えて立ち上がらせる。 「ユエン……待ってて……次こそ、必ず……」 「あっ、ん……ロン、ロン……」  シァミンと俺の視線も、言葉も、もう永遠に交わらない。  それは決別。いつまでも現実を見ようとしない彼への、餞別。中途半端な期待を抱かせないための、俺なりの精いっぱいの意思表示だった。  それを知ってか知らずか、ロンはずっと満足そうな表情で俺を見つめていた。   * 「あー……掃除、しましょうか?」  作戦室に入ったイーチェンは、中央に置かれている汚れたソファを見て、そう零す。  革張りのソファには、透明とはいえない白濁交じりの水が飛散しており、イーチェンがよく東棟で見る光景に酷似していたため、何が行われていたかは想像に難くなかった。  部屋にあるテーブルで書類の山に囲まれたズージンからは、うんざりしたような声が飛んでくる。 「ああ。ついでに、換気も行え。最優先にな」 「了解っす」  イーチェンは慣れた様子で窓の換気から始めた。  多分汚したであろう犯人たちは、つい先ほど渡り廊下の向かい側で見かけたばかりだ。  下半身を繋げたまま、ロンがユエンを抱えて東棟に入っていった光景がイーチェンの頭をよぎる。  きっとこれから、しばらくは東棟に近づけないだろう。 「それで、何か用か?」 「あ、はい。先日の襲撃の被害がまとまったので、その報告に」 「そうか。換気と簡易清掃が終わったら聞こう」 「うっす」  余程嫌だったんだな、とズージンの心境を察しながらイーチェンが部屋の窓をまた一つ開ける。  すると、屋敷の南西に位置する方向から微かに声が聞こえてきた。 ――待ってくれ、聞いてない! 金なら払うから! ――もう一度ユエンと、彼と話をさせてくれ! 頼む……! 「…………」  イーチェンはその声を、静かに聞いていた。  南西は建物の中でも最も位が低く、汚れた場所とされている。つまり、『そういう用途』の血なまぐさい場所だ。  ユエンからある程度の話は聞いていたから、その声の主が誰かはなんとなく察しがついていた。 (死なないとでも、思ってたんだろうな。馬鹿っすね)  断罪されるまでの日数を生かされたことで、男は帰されるとでも勘違いしたのだろう。  自覚がなかったとはいえ――天義会の敵対組織の手先として使われ、挙げ句に龍頭の私物に手を出して、生きて帰れるわけがないのに。  イーチェンはそこまで考えて、自分の感覚が世間とずれてきたのか、それとも男が浅はかなだけだったのかを悩み始めた。悩みながらも、手慣れたせいか清掃する手に迷いはない。 「清掃は終わったか」 「あ、あと少しで一通り終わります」 「であれば、終わったら報告しろ」  「うっす」と少し前と同じ返事をして、イーチェンは再び簡易清掃を再開した。  ソファを拭き上げながら、さっきまでここにいたであろう二人のことを思い浮かべる。 (ユエンさん……なんか少し、変わったな)  以前はロンに使われていただけだったユエンは、イーチェンから見ても以前に増して熱心に見えていた。  ロンに求められ『仕事として仕方なく』ではなく、ユエン側からも積極的に求める様子はありていに言えば“愛し合っている”とも言えるかもしれない。  ユエンは今まで以上に喜んでロンの男娼をして、隣を堂々と歩く姿は磨きがかかっている。  渡り廊下の向かい側から見た時、イーチェンの目からは少なくともそう見えていた。 (ボスも大概だけど、それに似合っていくユエンさんも――どうかしてる)  同情をしていた頃がまるではるか遠くのよう。  イーチェンは、今まさに東棟で行われているであろうことを一瞬想像して――すぐさまその考えを振り払うと、目の前の清掃に意識を集中させたのだった。

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