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第31話 アンバランスなその、存在

夏の扉を叩くのは 31 ー アンバランスなその、存在 ー 「 教頭先生 」 廊下を通って職員室にもどる途中声をかけられ後ろを振り返ると、今度はなんだと言わんばかりの表情に怯えたのか、声をかけた事務員の方はそのまま動きが止まってしまった。 「 この方が見えてます 」 差し出された名刺には、 所轄と前に見た刑事の名前が記されていた。 名刺を受け取った俺に安堵したように、 「 応接室にお通ししました 」 と言う事務員と共にまた今朝入った応接室に逆戻りした。 またここかと思いつつ昼飯を食う時間は取れるんだろうか、と目の前に座っている二人の男を眺める。 本当に今日はおやじばかりと話をする日だな。これを今日の最後にしてもらいたいもんだ。 出された茶に手も出さずに挨拶をして話し始める古株の方の刑事、 やはり捕まった平田の話からこのあいだの事件との関わりを再度質問して来た。できれば林先生にもお会いしたい。要望はそっちなんだろうな。 俺はスマフォのアプリを確認すると事務室に連絡して林先生を応接室に連れて来てくれるように頼んだ。 もうどっちみちさっきの刑事たちにも協力要請された林先生は、抱えている問題をある程度暴露しなきゃならないことはその通りだが、まだ藤間光との事がはっきりしてない以上盗難にあったデータの中身はどこまで話せるのだろう…… ビクついた林先生が応接室におずおずと入ってくる。 ところが、驚いたことに、刑事たちはデータの中身までは追求しなかった。これが縄張りってやつなのか? ごく簡単に被害届の出た窓の破損と侵入した痕跡の確認。 そして林先生の 「 盗まれていないと言いましたね 」 という事実の繰り返された確認のみであっさりと引き上げていった。 「 サラリーマンだなぁ 」 呟いた俺の言葉に林先生は肩の荷を下ろしたようだった。 「 林先生、朝の刑事の方はこんな簡単にはいかないですよ 」 と釘をさす事は勿論忘れなかった。 「 平田の応酬した所持品からわかった事は勿論追求してくるだろうし、林先生覚悟されてますか?」 ビクッとして俺を見る中年の男はもはや教師の顔はしていなかった。 項垂れて立てない林先生を置いて俺は応接室を出る。外に立っていた古参の事務員の人にしっかり林先生を見ていてくれと頼みながら、今日は昼飯は気分転換に外に出るかなと思った時、ふと高光の顔が俺の頭をよぎった。 そう言えばあいつも警察に呼ばれてたな…… 確認するために工事現場に近い出口から外に出ると、安堂さんに連れられた高光が駐車場の方に歩いていく後ろ姿が見えた。 なんだよ、二人一緒にどこかへ…… あ、もしかして警察に行くのか? 俺は迷わず駆け出した。 なぜか駐車場で車に乗る前に高光に声をかけなくてはならないと痛切に思った。駐車場の出入り口から一番遠いところに止められた濃紺のバンの前で二人をやっと捕まえることができた。 走り通し息が荒い俺を高光は眼を見張り驚いたように口元は少し開けている。 大きめの口元に薄い唇、その中の舌は意外と厚みがあって俺のものにしなりながら良く絡むんだ。 だが、こいつ、こういう驚いた時の表情はなぜか幼いんだよな…… 可愛がってやると熔けるように男に肢体を開く30男に幼いも何もあったもんじゃないが、その表情に胸が鳴る俺がいる事も確かだ。 こんな時に夜のまぐあいを思い出すんだから俺も大概しょうもない。 こいつ本当に身体はいいんだ。 いや、離せないのはアンバランスなその、存在 にかもしれない。 「 警察に?」 息が整った俺の言葉に安堂さんは何で知ってる?という表情を隠さない。 「 いや、平田の事は刑事から聞いてます 」 「 ええ、早い方が良いんじゃないかとね、昼休みなら少々時間がかかっても、何とかなるから 」 そう答えると安堂さんはバンの助手席のドアを開け高光を促した。 俺は高光の腕を掴むと、 「 警察から戻ったら私の所に来てくれ、必ず 」 と、唐突に出て来た言葉だったが本当の思いだった。 掴んだ俺の手をゆっくりと外すと高光は返事もしないでバンに乗り込んだ。 閉じられたドアに 、 「 必ず、だ 」 と声を大きくすると、曖昧に首を下に降り、そのままバンは重たい車体を唸らせながら駐車場を後にした。 高光の手は冷たかった。なにかを覚悟したような横顔。 帰ってきたらきちんと話をしよう高光。 まさかこの時は高光がそのまま警察から帰れないことになるとは思ってもみなかった。

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