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第45話 ネクタイ

ー ネクタイ ー 信号待ちでイライラとハンドルを叩いていたせいか、そっと俺の指に触れる少し体温の低い掌。 三枝先生がハンドルを頑なに握っていた俺の指の上に掌を置いていた。 「 先生、あんまり自分を追い詰めないで、きっと何か理由があるはずですが、それは貴方のせいじゃないと思います 」 思わず横を振り向くといつもは透き通る様な硬質な美貌が熱のこもった眼差しで俺を見つめている。 俺は深く息を一つつく。 頭の中の撓んだ淀みにふいごの様に新しい空気が流れ込んで来た気がした。 「 ありがとう。ヒロシ先生、 大丈夫だから 」 警察署の駐車場に車を滑り込ませる。田上校長から聞いた通り二階に上がると酷くざわついているホールに出た。制服警官が応対するデスクに近づいて声を上げ、高校の名前を告げると直ぐに廊下の先の部屋に通された。 デスクとホワイトボードと折りたたみ椅子の簡素で冷たい部屋はやけに冷房はよく効いていた。 部屋に入り軽く身震いした俺に 横からすっと出されたものは巻かれた濃いグレーのネクタイ。 「 菅山先生、朝ネクタイされていなかったから、ロッカーにある俺のを持ってきました 」 そして俺のシャツの襟を立てると、スルスルっとネクタイを結び始める。俺はぼんやりとその目の前の、やや俯き伏せられたまつ毛の影を落とす目元を眺めながら、疲れていた心に何かじんわりと染み込んできたのを感じていた。 男の細く長い指がネクタイを締める。 いつもの調子を取り戻し始めた俺は、 その爪の形ですら愛おしい指を掴むとその指先に軽くキスを落とした。 「 ちょっ!ちょっと……」 と慌てて頰染めたその目の前の男に、 「 こんなところで誘うなんて、いけないな、、先生は 」 こんな軽ぐちが叩けるほど、俺は簡単に回復した。 「 もう、ネクタイしてないのは印象が 」 とかブツブツ唱える三枝先生に 「 後で解くのも貴方にお願いするよ 」 と言うと、益々紅くなった彼は俺を睨みつけても全く変わらないその綺麗な顔で唇を尖らせた。 ノックの音と共に扉が開いた。 スーツ姿の男性二人と婦警に連れられて、花澤祐樹と藤間光が部屋に入ってきた。 藤間の左手首には包帯が巻かれ、 花澤祐樹の青ざめた顔、そして頰には保冷剤が充てられていた。 二人の男は軽く頭を下げながら、名前と身分を俺たちに伝える。 俺たちもそれぞれ自己紹介を済ます。 「 一応、腫れてる箇所は冷やしましたので、骨に異常はないと思いますが心配なら後ほど病院に。 それで、こちらから保護者の方に連絡がつかないのでどうでしたか?」 その時ちょうど佐川先生からメッセージが入った。 " 花澤祐樹君のお父さんと連絡が取れました、警察に向かうそうです。藤間君の方はまだ連絡が取れません " 「 花澤祐樹君の方は父親が今向かっているそうです 」 と俺が伝えると花澤祐樹の身体が大きく動き、酷く歪んだ顔つきになる。 一方藤間の方は全く表情がなかった。

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