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第53話 傷害 8 心の傷
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ー 傷害 8 心の傷 ー
気がつくと警官の腕が俺から離れている。
それでもしっかりと元のベンチに座らされていた。
俺の声が響いたのか、藤間さん達がいる部屋の扉が開いていて中から刑事が顔を出している。
警官が何かその刑事に二言三言告げたが俺の頭にはその言葉は入ってこなかった。
ペットボトルを持った三枝先生が俺の隣に腰をかける。
「 先生、大丈夫ですか?」
頷いたまま頭を抱え込んだ俺は暫く顔を上げられなかった。
目に焼き付いた手首のタオル。
あの下は確実に手錠がかけられていたはずだ。
逮捕されたんだとその衝撃に打ちのめされそうになる。
軽い振動音が聞こえてきた。エレベーターの音がする。
さっき高光を乗せた箱は上がったのか下がったのだろうか……
頭を上げて機械音のした方をじっと見つめる。
そこには、黒いスーツを着たショートカットのそれもかなり短くした頭髪を真っ直ぐ姿勢良く掲げエレベーターより降りてきた人物。
「 剣崎 」
俺が呟くと重そうなブリーフケースを持ち、薄い水色のセルフレーム眼鏡をかけたその女性は、
「 よお 」
と俺に軽く手を挙げた。
「 どうした?そんな顔して。
どうなってる? 」
話しかけてくるその声はよく響く低音ボイス。
隣で三枝先生がこの人は女?男?と疑問符をチラつかせている。
「 三枝先生、彼女は
剣崎泰子さん、で、 弁護士の先生」
「 剣崎、こちらは三枝先生。俺の同僚だ 」
ベンチから立ち上がり簡単に二人に紹介をすませると、剣崎弁護士はすっと手を差し出して三枝先生に握手を求める。
「 あ、よろしくお願いします。三枝です 」
「 剣崎です。よろしく、どうぞ。
それで?依頼人は?」
しっかりと一回握った三枝先生の手を放し、
時間が惜しいとばかりに質問する剣崎に、今連れて行かれたことを話す。
「 間に合うか……」
と腕時計を確かめる剣崎。
「 ちょっと失礼 」
と言い置いて踵を返し、颯爽と階段ホールの方へ歩み去った。
「 すごい迫力ですね 」
と言う三枝先生に、
「 あだ名はドーベルマン泰子だよ 」
と教える。
光沢のある黒いスーツと鞣す様に短く精悍に整えられたその頭髪。三枝先生はそのあだ名だけでかの犬種のごとく聡明勇猛に闘う姿を想像したのか至極感嘆している。
俺も剣崎の顔を拝んだだけでさっきの高光を見たときの落胆が嘘のように軽くなっていた。
「 それで、先生。藤間さんの事ですが。
藤間さんは光君のそばに寄り添って抱きしめんばかりなのにお母さんは離れた所で結構冷めた態度なんです。それが、気になるんですよね、その二人を見る目が 」
「 目?」
「 なんかこう、痛ましいものでも見るような雰囲気?で 」
「 痛ましいもの?声もかけない?」
「ええ、光君を慰めるとかそんな感じはお母さんにはあまりというかまるっきりないですね。義理父さんの方が肩を抱いたまま光君を庇う様にされていて、刑事さんもいささか困惑してるような雰囲気なんです 」
「 義理の父親との距離が近すぎるか……
先生、俺の予感外れてるといいんだけどな 」
「はい?」
「 藤間光が自分の裸の動画を林先生に撮らせた事と関係あるかもしれないな 」
俺は以前親友から聞いた義理の息子の恋慕と危うい距離の話を思い出した。
思春期の少年の拗れた思いはとんでもない行為の行方となって時に迸ると教えられた事を。
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