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第54話 傷害 9 心の傷
ー 傷害 9 心の傷 ー
署内の薄暗くなま暑い廊下の堅いベンチに腰掛け待つこと一時間。
三枝先生には学校への報告のために一回戻ってもらった。
その間に何人かの汗まみれのワイシャツ姿の男が部屋に出入りした。
ワイシャツの下のズボンの色で
制服か私服刑事か、事務方か、おおよその予想はついたが、
最後に出入りしたのはよく見知った顔。
高光を尋問していた榛の木刑事だった。
姿を認め思わず立ち上がった俺を横目に見ながら無言で部屋に入る。
俺が今廊下に座っているのは中にいる生徒の学校の教師の立場だと頭の中で繰り返し唱え、部屋の中に飛び込みたい衝動を抑えていた。
更に時が経つこと30分。
「 もう引き取って頂いて結構です」
と開いた扉の中から声が聞こえる。
ぞろぞろと出てきたのは難しい顔つきの三人の刑事たち。
榛の木刑事が俺に声をかける。
「 あの弁護士先生を呼んだのは菅山先生ですか?」
隠すことでもないのでそうですがと応えると、強面の顔がやや苦笑したように見えた。
「 それでは、また学校にも伺うかもしれません。ご苦労様でした 」
と俺に告げてエレベーターの方に去って行った。
開いたままの扉から部屋の中に入る。
二対一に分かれた微妙な距離感。
座っている藤間さんと光、そして向かい合うように立つのは光に面影の良く似た母親だった。
「 先生、ご面倒かけました 」
と藤間さんが頭を下げると、
となりの光の背中をポンポンと叩き立つよう促した。
母親の方は俺に頭を下げると無言のまますっと隙間を抜けて去って行く。
一緒に帰るんじゃないのかと訝しむ俺に、
「 彼女は勤務中で勤務先の施設に帰ります」
と変わって答えたのは藤間さんだった。
「 藤間さんは光君と?」
と尋ねると、
「 今夜は一人にしておくわけにはいかないんで、私はこのまま家に光と帰ります 」
と再度頭を下げた。
「 すみません、それならちょっと話をしたい 」
突然出たセリフに自分でも驚いたが、このままに捨て置いてはいけない気がしたのは俺の勘。
積んだ疑問をこのまましておけば再び何かが起きる気がする。
藤間光に心の傷があるならそれを知っておかなくてはと、その時強くそう思った。
きっとそれがこの事件に呑みこまれた高光の為にもなるんじゃないかと思った理由も大きかった。
一階の待合で二人には待っていてもらい、剣崎に連絡するが携帯は切られている。俺は剣崎を探すために榛の木刑事に連絡を取った。
イヤイヤ通話に出てきたのかさっきよりよほど無愛想な応対の後、五階の取調室に居ると伝えられエレベーターで上がって行く。
廊下のベンチで電話をしている剣崎の姿を見つけ、直ぐ電話を終えた泰子のそばに近づく。
「 今、相手方と和解の交渉に入ってるから 」
「 和解、花澤とか?」
「 そう、花澤君の父親。なかなかねちっこい相手だけど、損はしたくないタイプらしいから 」
そう手短に情報をくれた泰子に高光の様子を聞く。
「 元気だ、大丈夫。今日は身柄を返せないけど近いうちに。
厄介なのはもう一つの恐喝の幇助の方だけど、これは逮捕されてる相手がね累犯の恐れありで厄介だ。でも依頼人のアリバイがしっかりあるからそこで今度の件は押すわ。
それと菅山も三者で会ってるって?」
俺は学校の現場での経緯を泰子に伝える。流石にその後の関係までは言い淀んだ俺に、
「 なんか隠すなら上手くやれ、まぁ当然後で聞きだすから 」
と俺は肩を一発どやしつけられた。
「 高光を頼むな 」
深く頭を下げると俺にはもう用はないとばかりにしっしっと手を振った。
さぁ、次は藤間親子の番だ。俺は俺でできることはやらなきゃならない。
階下に降りるエレベーターの中は蒸し暑い。
来署した時には全く感じなかったのに、気持ちが落ち着くと
庫内に染み付いた汗の臭いがやけに鼻についた。
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