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第55話 傷害 10 心の傷
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ー 傷害 10 心の傷 ー
一階に降りると待合のソファに藤間さんと光は座っていた。
藤間さんは付けっ放しのテレビの画面をぼんやりと見ている。
光は浅くかけたソファの手すりに持たれ首を垂れた様子はどうやらうたた寝しているようだった。
疲れてるだろう……もしかしたら夕べからよく寝ていないのかもしれない。
光にとって一番良い場所で話すとなると。
「 お待たせしました 」
と声をかけるとテレビの画面から視線を逸らし藤間さんが俺を見る。
「 いえ、大丈夫です。
ただ、光がだいぶ疲れているようなのでできれば……」
「 はい、できれば藤間さんのお宅で話伺っても良いですか?光君もお宅なら休めるでしょうから 」
藤間さんはえっとばかりに目を見開くが、反論せず頷いた。
光を起こし藤間さんの家まで俺の車を走らせる。
車内は始終無言でナビに入れるのに聞いた住所以外は全く会話もなかった。
程なく着いたのは駅近くのマンションの駐車場で、指示された所に車を停めて降りるともう頃合いは夕飯の時間だった。
軽い芳香剤の香りが漂う空調の効いたエレベーターの中で、
「 そういえば、藤間君は腹減ってるだろう 」
と隣の少年に問うと、
「 さっき婦警さんから菓子パンを貰いましたから 」
と藤間さんが答える。
終始無言の少年に以前に話した時の弁の立つ歯切れの良い様子は鳴りを潜め、まるで俺の知らない少年が横に立っているようだった。
どっちが本当の彼なんだろうな。
このマンションかなりランクが高いせいか、
8階に到着したチンという音すらさっきの警察からは軽やかで上質で設備を取っても雲泥の差。
敷き詰められてるカーペットの廊下を進むとマンションなのにきちんとした外の門戸が据えられ、更にこの階がハイソサエティーだと主張しているのがわかった。
ここには高光は来たことはないんじゃいか?
ふっとそんな風に高光の事を考える。
あの簡素の限りを尽くしたアパートとこのマンションの部屋と光はそこで何を見ていたんだろうか。
同じ男、片方は社会的に保護者となった血の繋がりのない父親。
片方は肉体労働に明け暮れる血の繋がった父親。
そして、ひとりの母親と。
「 どうぞ 」
と言われ玄関から部屋に入る。微かに香るアロマはなんの香りなんだろうか?
廊下の両側には何枚かのドアが続く。
この薄いドア一枚で隔てられ廊下は夫婦の部屋と子どもの部屋を離すのに殆ど役に立っていない。
ありきたりな間取りはそんな事を考慮にも入れていないだろうな。
一番奥の両開きのドアを抜けミント系の香りを湛えた居間らしき部屋に入ると目の前には都会の夕景が一面に広がっていた。
ごみごみした低層の建物が近くに、遠くにはターミナル駅の象徴の高層ビルが燦然と立ち並ぶ。
「 すごい眺めだな 」
と後ろにいる少年に話しかけると、
「 高光のうち、あそこなんだ……」
と光が指をさしたのはごみごみした低層の街並みの外れ、目を凝らしても茶色系の建物の形ははっきりしないそんな住宅群の一点だった。
暫くぶりに聞いた光の言葉は高光のことだった事がなぜか酷くほど嬉しかった。
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