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第59話 傷害 14 勘ぐり
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ー 傷害 14 勘ぐり ー
三枝先生が来るまでの間、三人の間に落ちる沈黙は夏の強い夕陽に照らされたソファに染み込んでいく。
夜勤だという母親が朝方帰るまでに俺は、目の前の眉間に皺を寄せたまま不機嫌さを隠しもせず義理の息子を惨めな気持ちに落としてるこの唐変木ときちんと話をしないといけない。
電話が鳴り三枝先生が今着いたと簡潔に連絡をくれた。部屋番号を教えるとインターホンが鳴り出ようとしない藤間さんの代わりに光がエントランスドアの解錠をする。
3分ほどで玄関のドアホンが鳴る。
玄関に向かう光を制して俺が玄関のドアを開けた。
黒っぽい石模様のたたきに磨きあげたこげ茶のウイングチップ。
家で着替えたのか、さっき別れた時と違う薄いグレーのスーツを着て落ち着いた紺の細いストライプのネクタイをしっかりと締めた爽やかなイケメン然とした三枝先生が佇む玄関。
やっと新鮮な空気がこの家に流れ込んできた気がした。
「 先生、急ですまないな。ありがとう 」
と声をかけると軽く頷いてその涼やかな眼は和やかに弧を描く。
一応、三枝先生にも藤間さんに預かる挨拶をしてもらおうと居間に入る扉に手をかけると、
中から会話が聞こえてきた。
途切れ途切れに聞こえる声はごめんなさいと謝る光とそれにあやふやな単語で応える男の低い声。
まだこの二人に会話がある事にホッとする。
ノックをしてゆっくりと扉を開けると立ち上がった藤間さんに三枝先生が挨拶をする。
「 三年の主任教員をしています三枝と言います。
光君を今晩お預りします。
明日はそのまま一緒に登校しますが、藤間さんには朝連絡をさせていただきます 」
としっかりと頭を下げると、
藤間さんも表情こそ曖昧だが三枝先生をじっと見つめながら頷いた。
三枝先生が光を連れて出ていくのを見届けて俺はこの厄介な大人と対峙するために氷の完全に溶けて薄くなったアイスコーヒーで喉を潤した。
「 三枝先生、お若く見えますが幾つなんですか?」
え?なんだよ第一声がそれかよ。
それでもまぁ息子を預けたのが若く見える教師で不安なのかと説明をする。
「 まぁ若く見えますが40は超えてるベテランの先生です。
成人してる娘さんと大学生の息子さんと同居ですから環境的にはご心配はないと思いますよ 」
「 いえ、そうじゃなくて……」
何がそうじゃないんだ?
訝しげに藤間さんを見ると、
「 いや、男性でも随分と……」
なんだ?その先は!
俺はいやな予感のする尻切れとんぼになった藤間さんの言葉を置き去りにしてさっさと光の事に話題を戻す。
やっぱりこの人はその要素があったのか。こんな疑惑を頭の隅に置きながら、まずは単刀直入に聞いた。
「 藤間さん、光君のあなたへの気持ちに何時頃から気がついてたんですか? 」
光が居なくなり幾分気持ちも落ち着いたのか一旦瞬きをして少し柔らかくなった口調で喋り始める。
「 再婚してからです。最初会った時は大人しくて私が話しかけてもなかなか返事もよこさないような子でしたが、嫌われてる感じもなかったので多分思春期の子にありがちな事だろうと思ってました。母親の再婚相手との距離が測れないとか。
背中から光の視線をいつも感じるようになったのは一緒に住み始めてすぐくらいだったか。普段は出張の多い私の方が夜家には居ないことが多いはずなのに彼女の勤める施設に急な退職者が続いて夜勤が増えたんです。
私は近場の案件のコンサルを受け持って居たので帰りも割と早く帰れていた時期だった。
その日も光が塾から帰宅した直後に家に着いたら光が風呂で自慰をしているのを偶然……
私の名前を口にしながら、それでその視線の理由がわかったんです 」
「 いつ再婚されたんですか?」
「 光が中二の冬です 」
「 まだ二年もいかない片思いか……」
「 まだ?二年もって 」
「 いや、こっちのことです 」
俺は咳払いでその場を誤魔化すと話を続けた。
「 あなたが光君の気持ちに気がついてることを光君が知ったのは何時頃でしょう?」
溜息を吐いた藤間さんの顔が僅かに歪む。
「 やっぱり私が知ってることを光も気がついてるんですか。
光の気持ちに気がついてからはなるべく父親らしく接してきたつもりだったんだですが 」
「 父親らしく?」
「 三人で顔を合わせることも少ないし仕事中は連絡が取りづらい妻に代わって毎日連絡を必ず私に入れさせたり、塾の保護者会にも私が行ってました。光のことはなるべく把握できるようにしてたのに 」
「 あなたには表面上の生活しか見せていなかったと、
花澤君の父親の店に行っていたのも知らなかったんですか?」
「 知りませんでした。塾の帰りが遅いのは友達とマッ◯ででも集まっているのかと。とにかく、父親だと纏うことで光の熱もそのうち冷めるんじゃないかと思っていた 」
「 本当に?あなたの方はなんとも思っていなかった?光君のことを 」
警察で庇うように寄り添っていた藤間さんの態度から父親の気持ちだけではないだろうと俺は勘ぐっていた。
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