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第68話 始末
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ー 始末 ー
しかしそれから一週間、安堂さんは捕まらず伝言を重ねても安堂さんから折り返しの連絡もない。高光の行方も全くわからないまま学校は夏休み突入した。
時々連絡してくる剣崎も平田の累犯は主に恐喝事件の方に傾いたようだという捜査の情報を教えてくれるにとどまっていた。
光は夏休みになっても三枝先生の家で過ごして居るようで、こちらも母親と義理の父親との間を何とかしないといけないのはわかってはいるんだが、高光の行方が分からないことにはどうにも俺の気持ちがそちらにはいかない。
三枝先生によれば先生の子どもたち二人とも上手く楽しそうにやって居るので光君もだいぶ落ち着いてきてますという言葉が申し訳なさの払拭にはなった。
学校側の今回の事件への対処は夏休み前からの何度かの校長と上部委員会の話し合いで決定が降りそうだが、林先生は早々に依願退職願いを出している。
生徒たち、花澤祐樹と藤間光の処分は学校側に委ねられているから、上部の決定が及ぶのはあとは管理職である田上校長と教頭の俺に対してだろう。
俺はもう自分の腹は括っている。もともと依願退職する予定だったのが少し早くなっただけだと田上さんには先週伝えた。
処分が降りるなら私にしてくださいと強く頼んである。
田上さんはまだまだこの学校の現場には必要な人だ。
俺が全部受けてクビになれば全て丸く収まるはずだ。
俺の教員生活の終い方、その事もあるし、今晩俺は青木に天王洲のハーバー沿いのバーに呼び出されていた。
「 おいおい、クビになるのは困るんだよなぁ 」
笑いながらビールを注文する青木に、
「 委員会の決定だから俺にはどうもできないだろう 」
と返すと、
「 先に退職すれば依願退職になるだろ?」
と答える。
「 どうかな、受け取るかはわからないよ 」
「 うちの仕事も一応は経歴が大切だからなぁ 」
「 なんだ、そんなふざけた言い方じゃ、そうでもないみたいじゃないか」
「 はは、進学塾じゃない方ならそれほど影響はないよ 」
きた生ビールのジョッキでお互い乾杯をする。
高光が行方不明なまま気分が少しも上がらない俺の相手をしながら青木ものんびりと自分の今後の予定を喋る。
「 秋だな、9月から来れるか?」
「 わからない。多分人事がうまくいって秋から新しい教頭赴任となれば引き継ぎが忙しいが夏中には何とかなると思う」
「 そうか、俺もこれで引き継げて…… 」
「 ドイツかよ 」
うっすらと微笑んだままの青木に、
「 気持ち悪いやつだな 」
と毒づいてやる。
「 それより泰子と会ってるんんだって?」
と話が振られた。
どこまで話すかと少し逡巡したが、青木の新しい事業に携わるわけだから彼には事実を話さなきゃまずいだろうなと学校で起こった事件を掻い摘んで話す。結局青木に質問されながら二時間にも及んだ話はすっかり青木の酒の肴になった。
「 そうか、その藤間さんてのは俺の昔の立場にそっくりだな 」
「 なんかアドバイスでもあるか?」
軽く尋ねると、
「 いや、ないな。
お互いの時を待つしかないよ……
気持ちが薄れていくか募るのか、それは誰にもわからないから 」
急にしんみりとした青木に、なさぬ恋というものの業の深さ、周りの人間にはどうもしてやれない溝の深さを感じた。
帰り際、
「 灯台下暗し、以外と近くにいるんじゃないのか?」
と意味不明の言葉を俺に言った青木。なんのことだ?と思ったが、別れてタクシーに乗ってから高光のことだとわかった。
灯台下暗しか、わかるところは散々探したがどこにいるのか見当もつかない高光。工事現場を見るたびに車を止め足を止めて探すが全て無駄に終わっている。
アパートの管理会社にも中の荷物の始末と契約解除の連絡があり、一月分の家賃の振込があったのでそれで荷物の処理をしたと教えられた。
やっと捕まえた安堂さんも高光の行方など知らぬ存ぜぬで流石の剣崎も土建屋の親分の筋金入りの強情さにフレンチブルみたいな男だと匙を投げた。
これ以上高光を探すならと探偵を雇う算段をしている。
「 今晩はオレンジ色の綺麗なスーパームーンでこの辺りは盛り上がってますよ!恋人同士には最高の夜ですねぇ 」
というタクシーのドライバーの軽いおしゃべりを聞き流しながら車窓から見えるその月を見上げた。
会いたい、高光に会いたい。
こんなに人を欲したのは、
初めてのことだった。
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