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第76話 さらに、高光
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ー さらに、高光 ー
病院に着くと警官が数人奥のエレベーターホールに立っている。
見つからないように横の待合のベンチに座るとどこからか剣崎がやってきた。
「 お喋り好きの警官がエレベーター前で陣取ってるから階段で降りてきた。
高光さんの意識が戻ったから警察の事情徴収がある。今は医者が病状の説明を高光さんにしているところだから時間があまりない。手短に話す。
意識なくしたのが原因不明になってるから明日は検査になる。彼は今晩はここに泊まる。
だれか身元引受人になってくれる人をと聞いても誰もいないと頑なに否定してたんだが安堂さんに連絡させてもらったよ。
菅山さんではストーカー容疑がかかってそうだからな 」
「 安堂さん?大丈夫なのか?」
焦って聴く俺に、
「 安堂さんになんか問題でもあるか?
快く承諾の返事はもらえたよ、まだ解雇もしてないからうちの社員だと警察にも言ってくれるそうだ」
面白くない俺は食い下がる。
「 作業服を着てただろう?仕事は?」
「 あれは街中の現場で偶然見つけた解体の仕事らしい。バイトにすらならない非正規も非正規だ。
安堂さん今夜遅くてもこっちに来てくれるそうだが菅山さんどうする?
あんたはおそらく警官から高光さんに会うのは阻止される、話は回ってるから 」
「 え?」
「 なんて言ったんだ?高光さんとの関係を 」
俺は警官に話したことを細密に渡るまで剣崎に聞き出された。
「 そこまで言う?普通……」
心底呆れたように俺を見る剣崎に、
「 なんとかケンカの説明をしろって言ったのは君じゃないか 」
と怒ると、
「 しかし、そこまで普通警官にいうか…… 」
と残念なやつとばかりにつぶやかれた。
「 それで、高光はなんて警察に話すんだ?」
「 しつこくつきまとわれてコンビニに逃げたところを追ってこられて口論になった。と話せばいいと伝えてある。
痴情の縺れ、ではない。一方的な好意を否定した末の口論だ。
コンビニの店員もケンカだと証言している。
高光さんの姿が店員に見えてなかったし監視カメラも壊れたままにされて動いていなかったらしい。怠惰なコンビニで助かった。
面倒だと思ったのか弁護士だと名乗った私の言うがままに証言してたよ 」
運も良かったと呟いた剣崎の顔にも珍しく疲労の色が見える。
なんだ、剣崎も結局はそんな話にしているんだ。偶然にしては良くも話がそこまで合ったなと内容はともかくホッとしてその偶然に感謝すると、
「 アホ、あんたの惚気た顔を拝んでたんだから何を言うかはだいたい検討つけてた。計算づくだ、当たり前だろ……
それにしても、オヤジの同性愛の熱い告白を目の当たりにした警官の驚く顔は見たかったな 」
思い返せば今頃恥ずかしくなる。その場に同乗してた警官が学校の卒業生であったことは剣崎には黙っておこう。
「 ただ、本人がどう言うかだな……
あの平田の話は高光さんの元同僚が吐いた嘘だと伝えてある。
だが夕方のあの介護施設の恐喝容疑のニュースを見てればまた厄介だ 」
やはり心配はそこなんだな。
「 高光に伝えてくれ、俺が警官に言ったことを。
それを高光に翻されたら俺が捕まるって、そう言ってくれ 」
「 うーん、わかった……伝えとくわ。
それと、さっきの上着はクリーニングに出しといてくれ 」
そう言って剣崎は又高光のいる階に上がっていく。
俺は祈るような気持ちだった。どうかお願いだから嘘を言ってくれ。
嘘のつけない高光に今はただ祈るしかない。
俺が捕まるって事に動揺してくれれば良いのだが、高光の気持ちが全てあの親子に向いていて俺には微塵も気がなければ……
そう考えたら一瞬であの昂ぶっていた好きだと伝えたい気持ちも落ち込んでしまった。
暗い気分のままで、三枝先生に連絡を入れる。
「 ニュース見ましたよ。光君は塾から帰ってきてないので知っているかどうかはわからないですが、うちの息子が塾から一緒に帰るので何かあったら言ってくると 」
「 そうか、息子さんが……」
「 バイトが終わる時間にちょうど塾の前を通るからって、ほとんど毎日一緒に帰ってきてます。
それで、さっき藤間さんから連絡ありました。やはり内容は光がどうしてるか?という事でしたが、彼もニュースであの事件を知ったのかもしれませんね 」
「 そうか、悪い、もうしばらく光君を頼む 」
「 わかりました。先生も気をつけて 」
って言われてもう気をつけなくちゃならなかったことは起きてしまったんだがなと苦笑が漏れる。
そして、三枝先生との通話を切ると俺は次に藤間さんに連絡を入れた。
呼び出し音が鳴り続けたが、何回かけても彼からの応答はない。
結局は留守番電話にメッセージを入れた。
「 菅山さん、俺、これで帰るよ 」
栄田君の声に後ろを振り向く。
「 あぁ、悪かったな。仕事も途中だったんだろ?」
「 いや、凌さんの事は兄貴みたいに思ってるからそんな事どうって事ない。けど、心配だね……
凌さん若い頃平田さんの店で売りをやらされてたけど、
それって彼女のため、身代わりだったんだよ 」
「 え?どういう事だ?
なんだ?身代わりって 」
渋い顔をしながらその先を喋るか迷っていた様子の栄田君だが、
先ほどの剣崎と俺とのやりとりを聞いていたらしく一つ大きく息を吐くと話し始めた。
「 凌さんが平田さんの店で働いていたサツキさんと懇ろになって、
サツキさんが妊娠した。
平田さんに仕事ができないから堕ろせって言われて、で彼女にも最初は堕ろすって言われてさ。
凌さん絶対に俺の子堕ろすなんてダメだやめて欲しいって平田さんに談判したんだよ。
凌さん昔ほんとうに綺麗でさぁ、結構男からも誘われてたりしたから平田さんがそこに目をつけてたらしくて、代わりにお前が客とって稼げって事になった。
凌さん彼女の代わりに男がいいって客を相手に……
平田さんが借金で店潰したからそれでなんとか足抜けしたみたいだけど、相変わらず平田さんとの縁は切れてなかったんだな 」
違う、平田との縁が切れてなかったのは彼女の方だ。だから光も彼女も守ろうとここから逃げずにずっと二人のそばにいたんだな。
彼女がまともな仕事をするようになって再婚して、それでも光を守るために、息子のためにそばにいることを選んでいたんだ。
自分たちの過去の縁で何か起きないように、何か起きたら助けられるようにって。
「 じゃあ、これで 」
と去っていく栄田君を見送る。
なんて痛いやつなんだ……自分のことなんかどうでも良くって、そんな人のことばかりで、
なんて痛くて、辛いやつなんだ。
お前はいつ幸せになるんだよ、高光。
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