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第81話 晩餐
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ー 晩餐 ー
夕方5時過ぎには外のバーベーキユーグリルの周りに食材の用意が整ってきた。
下ごしらえを終えた肉や魚を不思議なものを見るように眺める凌に、
「 バーベーキューはまさか初めてじゃないだろう?」
と改めて尋ねると、
「 うん、……さんの所で炊き出しなら年末にやってる 」
……と濁した箇所は安堂という名前が入るんだろう。
「 炊き出し? 」
「 公園で毎年年末に何日かやってるよ。無宿のおっさん達に味噌汁とかご飯とかあったかいものを食べさせるんだって。
家がない俺たち作業員は総出で手伝ってた 」
「 そうか、安堂さん。奉仕活動してたんだな 」
俺は安堂さんに対する自分の姿勢をいたく反省した。
暑い日差しが西に傾く頃になると三階のデッキに流れてくる風は凪となる。そしてやがて陸風となり溜まった熱気を海に流してくれる。
夜には涼しくなると助かるなと思っているとインターホンが鳴った。
玄関を解錠し、ここで光に会うことに緊張したのか足が止まって動けない稜を促してエレベーターの前で二人の上がって来るのを待つ。
扉が開き光が元気そうな姿を見せると隣の男はそのまま腕を目に当て肩を震わせて嗚咽を漏らした。
「 お邪魔します 」
と微笑んだ三枝先生と嗚咽を漏らす稜を見てしかめっ面をする光。
相変わらずの太々しいその顔はそれでも健康そうな色に日焼けしてその歳の少年らしい姿を見せてくれる。
三枝先生に預けて良かった。
泣いている凌の腕を引き二人を更にデッキを眺める居間に案内すると、光は外の景色に
「 すごい、外で食べるの? 」
とこれまた子どもらしい感想をくれた。その辺を探検したそうな光をもたもたとしながらやっとタオルで涙の跡を拭いた凌に任せて、三枝先生からその後の光の様子をぼちぼちビールを飲みながら聞いていると剣崎もやってきた。
相変わらずの黒いスーツは仕事帰りを殊更象徴させて三枝先生も久方ぶりの剣崎の姿に驚嘆を隠さない。
なんでかこの二人は気が合うようで俺と話すよりは剣崎もその言葉の槍の鉾を収めている。
三枝さんからヒロシさんに呼び名を変えた剣崎。
なんだか面白くないが三枝先生には応対するすべての人がそうなるからこれがヒロシさんの魅力なんだろうと気持ちに前ほどは心ときめかないことに気がついた。
「 そうだった。菅山さんの家のグリルはガスだったな 」
「 普通は炭火なんですよね 」
「 うん、でもガスの方が後始末が楽なんだろう 」
「 うちは中庭のデッキにしか外で色々始末できる所がないからガスの方が後が楽なんだよ 」
「 一階の総面積の殆どが駐車場だし 」
「 すごいですよね、何台置いてあるのか、来るたびにびっくりします 」
「 三枝先生、どれか運転してみる?」
「 とんでもない!遠慮します。
俺下手なんですよ、運転 」
最初にハマグリやサザエを焼く磯の香りが辺りに漂う中、
皆それぞれ寛いで落ちる夕陽を眺めながら好きな事を言い合ってそれは穏やかな気持ちになっていく。
相変わらず凌は光の周りで食べ終わった貝殻を捨てたりと世話をしているが、当の光は驚いたことに、自分でやるからと釘を刺したりしてその度に凌が哀しそうななんとも言えない顔をするのを見ているこちらも寂しくなる。
「 高光さん、光君うちで色々手伝ってくれていて、助かってるんですよ 」
そう話す三枝先生の言葉も凌には少し光が遠くなった気持がして辛いのかもな。
「 なんとも微笑ましいな、彼は優しい男なんだな 」
その言葉に振り返った俺に剣崎は、
「 夢を見させてやったらそれを現実にしてやらなきゃな 」
と呟いた。
塩水に漬けておいたトウモロコシを皮のままグリルに置く、ニンニクは塊のままホイルにいれ隅の方に乗っけておく。
玉ねぎはやはり皮付きのままで個々に鋳物のポットに入れ蓋をする。
「 へーこれ楽そうだな 」
「 ああ、蒸されてトウモロコシや玉ねぎは旨味が増すんだ。ニンニクは驚くほどホクホクになるぞ 」
30センチほどのスズキの半身にディルと藻塩をまぶして鉄のパンの上に載せゆっくりと上からオリーブオイルをかける。脇にトマトとオリーブを添えて焼き上がりを待つ間に次に焼くサーロインを冷蔵庫から出してくる。
デッキでの暮れる街を眺めながらのバーベキューは思った通りの出来で猫だったら喉を鳴らして満足する所だ。
暗くなってきた所でデッキのランプに火を灯すと、黄色みを帯びた光が辺りを明るくする。
最後にサーロインを焼き上げ、
ジャガイモのホイル焼きにバターを乗せ出したところで、満足した面々の頭上に綺麗な月が上っていた。
「 どうする?まだ焼くものはあるけど 」
と聞くと一様にもう満腹だとそれぞれ表情や声に表した。
ガスの火を止めると、一気に辺りは陸風で食べ物の残りの匂いも流されていく。暫しテーブルの上に沈黙が降りる。
「 ところで 」
と剣崎が切り出した。
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