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第86話 男たちの会合 2

86 ー 男たちの会合 2ー 三人でカウンターに座る。 藤間さんを真ん中にして。 他に誰もいないからまぁ三人だがカウンターでも許されるんだろう。 磨かれたこげ茶の中に深い紅色を 感じさせる低めのカウンター。框扉の引戸の中には各種の酒のボトル。 隅にシガーの木の箱が置いてあるところをみると、シガーも楽しめるバーであることがわかる。 これぞれ飲むものを注文すると、白い上着に黒の蝶ネクタイを締めた気の利く年配のバーテンは静かに頷いて酒の用意を始めた。 なんのためにバーに寄ったんだと思うほど青木の話は淡々と世間話が続く。 藤間さんも相槌を打つでもなく黙ってそれに耳を傾けている。 ポイントに辿り着かない流れに 煮え切らないのは俺だけなのか? 「 青木、ジュンヤ君とは 」 俺が強引に話に割って入ると、 煩い奴だなと言わんばかりに青木が溜息を吐く。 「 やっぱり、その話か 」 当たり前じゃないか、なんのために藤間さんを俺は連れてきたんだよ。 心の中で毒づくが、 「 あれっきりってことはないんだろ?」 「あぁ、先日唐突に来たよ、俺が京都にいるときに 」 「 呼んだのか?」 「 いや、向こうが突然に 」 「 へぇ 」 俺がどういう言葉を繋ごうかと思っている隙に、 青木の僅かに緩んだ顔に藤間さんが疑問を発していた。 「 ジュンヤ君というのは……」 「 俺の恋人だ 」 噎せる俺、えっと言ったまま青木を見返る藤間さん。 「 そ、それは 」 「 ジュンヤって言うのは俺の義理の息子で今は恋人 」 「 お前、もう少し丁寧に説明しないと 」 「 何言ってる、話せって言ったのはお前だろ 」 「 話せとは言ってない 」 小声で返す俺に肩を竦めて、 その話をしろってことなんだろう と言う青木。 相変わらずの食った態度にもしかしてこいつに藤間さんを会わせたのは逆効果か?と後悔が押し寄せる。 ところがそれからの藤間さんの態度は意外だった。 青木の掻い摘んだ話を食い入るように聞いている横顔は真剣で堰を切ったように表情が変わる。 俺も始めて聞く話も多く、青木がかなり長い間ジュンヤ君をどうしたら良いか、自分はどうなんだという胸の内に溜め込んでいた話は、 淡々と話している姿でもそれなりに彼の苦悩した経緯が伝わってくる。 最後の、青木とジュンヤ君との東京での10年後の再会そして現在までを聞くと、藤間さんはグラスの残りの酒をクッと飲み干した。 「 さっきのネガティブな考えは流すという意味が、わかって来た気がします。 無理をしなくていいのかもしれない 、 そうじゃない、 それはおかしいと否定する事をやめてもいいのかもしれない 」 そう呟く藤間さんの隣で、 何も言わずに青木はバーテンに指を上げてお代わりを促している。 その後はバーテンとウイスキーの薀蓄を会話する青木と、 グラスを持ったままぼんやりと黙ったままの藤間さん。 流すという言葉が妙に心に引っかかっている俺と、奇妙な空気のバランスの中で時間が流れていった。 駅で別れた藤間さんが、 飲んでしまったから今日は鎌倉に帰りますと俺に告げた声は僅かに張りが戻ったか。 改札を通り去って行く背中も大きく見える。 「 何、野郎の背中なんか見送ってんだ 」 小馬鹿にしたような声に振り向くとまだ青木がそこに居た。 「 なんだお前バーの前で別れたんじゃなかったのか?」 「 まぁ、話は掻い摘んじゃ致し艶かしい話は避けたが、あそこまで自分のことを暴露した俺まで、仲良く一緒に駅に同行したらおかしいだろう 。 藤間さんの様子、なんかジュンヤと離れた頃の俺を見てる気分になった。 まぁ、一応、 区切りはつけるかなあの人も…… 俺もやっと自分の本当の気持ちを言えるようになったよ 」 「 そうだな 」 この男にしては珍しく殊勝な物言い。 自分の事を人に話すなんて事をする男じゃなかったのにな。 今夜は藤間さんを青木に会わせて良かったと思うことにしよう。 ーーーー きちんとしたオーセンティックバーによってはカウンターは独りで飲むためのお客様のために空けておく……と聞きました。 実際、二人でも椅子席があればそちらに案内されます。 シガーを楽しむ場合はカウンターに座れることもあります。 (honoluluの少ないバーの経験談)

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