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第88話 護る

88 ー 護る ー 凌も米は研げるようになった。 覚えれば熱心に毎日のように米を計り、何回も水を変え研いでいる。 現場で一緒の東北の人たちに聞いらしく、最近では米屋で米の銘柄を選んで買って来てガスコンロで鍋で炊いている。 ジャーに入れとくのはダメなんだと言いながら、 余ったご飯は塩で結んでおにぎりにして冷凍したり。 生活はもう一人加わることで驚くほどリズミカルに流れて行く。 その流れの中でひっそりと凌が何かを育んでくれていることを俺は望んでいたし、たしかに感じ取ってると思う。 自己を肯定される場がなかった凌。 家族と、共に暮らしたことのない、本当の意味での家族を持ったことのない凌が、食事の後二人分の茶を湯呑みに注ぎながら、食卓から柔らかな瞳で窓の外を眺めている姿にいつまでもこのままで居てくれと思う俺だった。 高校での引き継ぎも終わり、俺は新しい環境に身を置くようになる。 暫く休暇を取ろうか、凌も休めるならそうさせてどっか旅行にでも行くかなと胸算段していた矢先、 青木の事務所で打ち合わせをしていると剣崎から電話が入った。 「 高光さんは今どこにいる?」 「高光? 凌なら朝から急な人手不足で他の現場の手伝いがあるから今日行く場所がいつもの所じゃないって言ってたが、どうしたんだ?」 「うん…… 平田容疑者が、 面倒な事になるかもしれない。 今回の介護ホームでの売春恐喝事件。証言する側の一人が高光さんの写真を見て平田の仲間だと証言したらしい。 それで高光さんへの参考人としての呼び出しが来た 」 「 え⁉︎ 凌は恐喝の事件とはまったく関係ないのに! 」 「 名前が出た以上に何か証拠も掴んだような話ぶりだった。 かまをかけたのかもしれないが、参考人として任意な呼び出しとは言え今回は従うしかないだろう。 下手に抵抗して仕事場なんかで現行犯逮捕されても厄介だからな。平田の捜査がここに来て介護施設の方の被害者の口が重くて難航してるらしい。 その中で出た名前だから向こうも糸口にしようと必死なのかもしれない。 兎に角、安堂さんにも連絡を取っているんだが彼も出ないし……事務所もだめだ。 いつも行く工事現場に行ってみることにする。同僚が高光さんのいる場所、知っているかもしれないしな 」 「 俺も行く 」 「 だめだ。菅山さんが行ってややこしくなると困る。警察に同行するのに君が一緒に来るわけには行かない。刑事にも顔がわれすぎてる 」 「 警察には行かない、でも工事現場迄は行く! このまままた会えなくなるわけには行かないんだ 」 焦燥感と絶望感が入り混じって俺は剣崎に食ってかかった。 「 なんで、任意の呼び出しなんて、断わりゃいいんじゃないのか! 任意だろ! 」 「 菅山さん……落ち着いてくれ。事態はそんなに簡単なことじゃない。 今度は恐喝事件なんだ。 売春とはまったく警察の態度も違う。私も全力を尽くすからお願いだから言う通りにしてくれ。 頼む 」 真剣な剣崎の声にスマフォを持つ指が震えた。 事態はそんなに簡単なことじゃないって。 その言葉が胸に重くのしかかる。 凌、失いたくない。 俺は凌を失いたくない…… 指が震えているのを抑え込み俺は車の鍵を取った。 青木は俺の様子からただならぬことが起きたとわかったのか、 後で連絡いれろよ、運転するなら集中しろと、俺を解放してくれた。 ビルの一階のパーキングに飛び込むとすぐにエンジンをかける。 ランチアストラトスの噴き上がるエンジン音に暫く目を瞑って意識をハンドルに集中する。 重く低く響くその音に身体を鎮ませ俺は3車線の大通りに車を滑り込ませた。 行く先は決まっている。 剣崎になんと言われようと凌を護る。 ーーーーーーーーーー 注: 警察の捜査の進展をこのように担当弁護士が把握できるものかはわかりません。 刑事事件の場合は実際には検事以外には捜査状況は分からないということらしいですが、お話ではそこはそこ、なんらかの目や耳があるからということでお許しください。

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