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第93話 夢 凌
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ー 夢 ー 凌
夢を見ていた。いつ頃のことだっただろう。
寒くて目を覚ますと、同じようにもぞもぞと黒い塊が薄い布団の中で蠕く。
夢の中の子どもの俺は、
お腹を空かした時、
話す相手が居ない時、
寒くて寂しい時、
そういう辛い時にだけ隣に人が居るのを感じることができた。
でも、隣に居るものは欲しい言葉を喋らないし慰めてもくれない。
それは、
同じ足りないものを探しているから。
同じ部屋で交わらない線は何本もあるけど、交わる線は数えても数えても見えてこない。
そんな所からやっと出たのに、
俺はまた線の交わらない塊の室に放り込まれた。
抜け出すのはどうしたらいい?
誰にその答えを聞く?
見えない聞こえない言葉を探して彷徨う夢。
気がつくと房の中には高窓の厚い曇りガラスから薄い朝陽が差して居る。
ここにはいくつかの蠕く黒い塊がいるだけ。
音は飛び交うけど意味はない。
名前すら知らない異国の言葉を喋る塊と共に過ごす時間は無意味な寂しさに囲まれる。
懐の中に入れた光からの手紙が唯一俺の心臓をあっためる。
出られたら何をしよう、まだ働けるかな、部屋を貸してもらえるのか……
俺の居場所はどこだろう。
マサキさんと暮らしていたのは夢のような時間だった。
その記憶は鮮明だけど夢に出てくるのは過去の残骸ばかり。
寝るのが怖いから光の手紙を抱きしめて床につく。
今日は闇が訪れるまで、まだ知らないマサキという名前の漢字を並べよう。知ってる漢字だけだけど、頭の中に彼の笑顔とそれを並べて。
今夜こそは過去の自分に出会わないよう……
剣崎さんが毎日のように会いにきてくれる。
警察の言う通りの調書に応じない俺に留置所の中で課せられたのは接見禁止命令。
共犯共謀の恐れがあると判断されると弁護士以外とは会えないんだって。
剣崎さんから聞く言葉は真綿に染みる水のように俺の心を潤してくれる。
今日も光からの手紙?
俺に渡しながら剣崎さんが光の近況を話してくれる。
サツキは嫌疑が外れて再就職先も決まり光と一緒に二人で新しいアパートで暮らしだした。
離婚になった経緯は俺にはわからないけど、俺のせいじゃないといいな……
マサキさんの話は今日も出ない。
どうしてるのかな?聞きたいのだけど剣崎さんからはノーコメントっていう雰囲気が溢れてる。
剣崎さんには、
接見禁止の要件を外すように動いているからもう少し我慢して、そして未来だけを考えてと何回も言われる。
きっとマサキさんの事をここで話題にする事は剣崎さんの努力している事に引っかかってくるのかもしれない。
未来を、俺は明日を、
外で生きる明日を考えていいんだろうか……
今日の取り調べは長かった。
平田と俺との間を根掘り葉掘り聞くけど、俺は自分で知っている事以上は喋る内容もない。
林先生を脅かして金を取っているのを知っていて通報しなかったということから、他の被害者のことも知っていただろうと毎日長い時間を消費し繰り返し問われるが、会ったこともない知らない人を知っているとは言えないよ。
俺の言葉は聞き入れられることもなく虚しく狭い部屋に響く。
刑事の叩くパソコンに記述もされてないようだけど同じことを俺は毎日喋る。
機械のようにロボットのように。
剣崎さんが本当に稀に同席を許されることがあり、刑事の不適切な取り調べに厳しく堂々と反論する彼女の姿には本当に頼もしくありがたいと思う。
でもこの先いつまでこの押し問答が続くんだろうな。
半袖じゃだんだん寒くなってきた。
剣崎さんが差し入れてくれた衣類だという荷物を開けると、
俺は涙が止まらなくなった。
紙袋の中には、
見覚えのあるシャツとズボン。
ふわっと鼻を覆うのはあの家の懐かしい匂い。
洗濯の時に、乾いたそれを畳むときに温んだ気持ちが溢れて出す。
マサキさんの服がしっかりと畳まれて新しい下着と一緒に重ねられて居た。
マサキさん……
会いたいよ。
あなたに会いたい。
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