96 / 100
第96話 面会
96
ー 面会 ー
台風が近づいてくるという週末の昼過ぎ。
徐々に強くなる風が厚いビルの窓にも僅かな音を立ててぶつかる。
IT最大手の◯イクロソフト、グー◯ル、◯マゾン3社は、世銀、国連と連携しデータ分析や人工知能(AI)を駆使して開発途上国の飢饉の検知と未然防止に協力していく事が昨日の新構想の発表で明らかになった。
飢饉が実際に起き多くの人命が失われて初めて対応に乗り出すのではなく、危機的状況に陥る前に手だてを講じていくという当たり前のことにやっと行動が伴うかと言うニュースが流れてくる中、
日本のどっかの知事選では、
子どもの貧困のために少しでも力になろうと立ち上がった民間の子ども食堂を『支援』すると言う公約を掲げた候補がいる。
その候補に問われたのは、何故、今まで貧困層の子どもたちが放置されてきたのかという事だ。単に子ども食堂に助成金を出せば済むという問題ではなく、
その『支援』の前に子どもの貧困をなくすことこそが大切だろう。
全く行政の負った責任がわかっていアホじゃないかという知事候補に頭を抱えてしまう。
子ども関係の色々な社会的事案、問題に対する補助金、助成金の書類に目を通すのを一休みして目頭を揉んでいるとスマフォに着信の音がした。
最近では着信する度に剣崎からかと慌てて出ることが多いが、今回は知らないナンバーからの着信。
それは、花澤祐樹からの連絡だった。
すぐ近くまで来てるという花澤祐樹に会う為に俺は部屋の中に居るスタッフに少し出てくるからと声をかける。
階下に降りて表玄関を出ると予想以上にジメジメとした重い風がねっとりと身体にまとわりつく。
少し歩くと地下鉄の入り口の脇にカフェがある。
そこで花澤はカウンターに腰掛けて俺を待っていた。
「 暫くぶりだな、元気だったか?」
適当に頼んだコーヒーの紙のカップを持ち隣のスツールに腰をかける。
1ヶ月ほど会わなかった教え子は
髪を在校中より更に赤っぽく染めてどうやら顔には化粧まで施しているようだ。
「 あぁ、先生こそ暫くだったね。
先生も学校クビになったって聞いたけど……俺らのせいなんだろ。
悪かったな 」
全く悪びれた様子もなく、軽く頭を傾ける。態度だけはそんな殊勝な挨拶もできるんだなと妙な所で感心する。
こういうのも成長って言うんだろうなと思う。
俺が薄笑いしながら、
「 いや、ちょうど潮時だったよ。
まぁ、俺が辞めるぐらいで済んだことだ。気にするな 」
と言うと、肩をすくめて戯ける。
「 まぁ、退職金もたんまり出たんだったら酷いお咎めってわけでもなさそうだね。
俺なんかクビになっても一銭にもなんないよ 」
「 今、どうしてるんだ?」
と聞くと、
「 ゲーセンで雇ってもらってるよ。親父の知り合いが店長やってるから 」
「 そうか、親父さんの店はどうなったんだ?」
「 平田からのとばっちりで店は営業停止くらってるけど、うちの親父いろんな伝があるからさ、食うには食えてるみたいよ 」
そして、甘ったるそうな薄い白とピンク色が混じった飲み物をストローで啜ると、
花澤祐樹が突然驚くような事を語り出した。
「 平田にあの事を教えたのは俺だよ。
あの林って教師、うちの店に出入りしてただろ?若い男が大好物だって事を隠すからさ、俺も軽く揺すっちゃゴチになったり小遣いもらったりしてたんだけど、泣き言言い出したから少し締めてやろうと思ってさ。
光焚き付けて画像取らせた後、平田にその事を教えたんだよ 」
「 君が教えたのか…… 」
驚く俺を横目に見ながら花澤は
ストローを唇に加えてガシガシ噛むと話は続けられる。
「 平田が恐喝屋だっていうのは前から知ってた。俺の親父ですらあいつはやばいから気をつけろって言ってたぐらいだ。
まぁ俺の親父も雇ってた男たちを脅してたから似たようなもんだけどね。
平田が少し前から大きな餌に首つっこんでいるらしいと言うのは店では噂されてた。時々、平田とはとても仲間とは思えない真面目そうな年配の男を連れてうちの店にも遊びに来てて、後でわかったんだけどあの人ニュースに出てた介護施設の事務長だったんだな。
あの人の弱み握ってたらしく、上手く仲間にして介護施設で入居者達の買春斡旋してたんだね。それをネタに又ゆすってたらしいじゃん。
それ知ってたら俺も一枚喰わせてもらいたかったなぁ。
高光も噛んだら良かったのに、いつも金なくってヒーヒー言ってたくせにな。
いや、冗談だって……
そんな怖い顔、おしっこちびっちゃうよ 」
俺が思わずにらむと、軽くいなしてそう軽口を叩く。
「 高光なんて今回まるっきり関係ないけど、平田は前から自分の女にしようと気に入ってた店の女を高光に横取りされて。
あ、店の女は光のおふくろさんのことだよ。
おまけに妊娠させられたから商品にもならないって怒ってた。
あいつは代わりに高光に仕事させてたし、はけ口にもしてたらしいから、多分高光を巻き込むつもりなんだろうなってこと 」
俺は平田という男のあまりの忌ま忌ましい生き様に罵る雑言と出る舌打ちを我慢しながらこう聞くのがやっとだった。
「 平田からそう聞いたのか?高光さんを巻き込むって 」
「 いや、知らないよ。だけど
あいつ蛇みたいな奴だから……
自分が堕ちるなら道連れにしたいんだろうな、
高光逃げられるかな 。
平田って嫌な奴だよな。
あの高光のおっかない弁護士のおばさんも訪ねてきたからこの事は話したんだけど。
光んとこも結局離婚しちゃったんだろ?
全部、平田のせいだな。
光のおふくろさん、気の毒にあいつに再会しちゃったのが不幸の始まりだったよね、
平田に出会うのが不幸の始まりなら、
俺もそうかも知れない……」
そう言うなり黙りこくった花澤も、悪ぶっている口ほどまだ腐っちゃいないんだろう。
「 高校は出といた方がいいぞ。
学校に転入の資料出してもらえ 」
「 俺、今一人暮らししてるんだよ。働いてるから高校に行く暇なんてない 」
「 定時制だってあるんだから 」
「 夜?」
笑った花澤は一言で話を振った。
「 冗談、夜は遊ぶ時間で勉強す時間じゃないよな 」
屈託無くそう言うと、
「 じゃあね、教頭先生が会いたいって言ってたって親父から聞いて、俺も一回会っとこうかと思っただけだよ……
おれ、気まぐれだからさ、じゃあね 」
席を立つ花澤に俺は名刺を一枚渡した。
「 花澤、よく考えていつでも何かしたいと思ったら、何かあったら俺のところに言ってこい。まだ若いんだ、諦めるな 」
花澤は俺が渡した連絡先を軽く握るとポケットにタバコと一緒にねじ込んだ。
ひとりの生徒がまた先の見えない暗い道を歩いていく。
止めることは不可能なのか。
無力感に苛まれて、
その姿に俺は思わず凌の後ろ姿を重ねていた。
ともだちにシェアしよう!