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第4話

「こっちの水は甘いよ……そっちの水は苦い苦い」  ほとんどの歯が抜けてしまったのか、一文字を発声する度にしょぼついた口元がもにょもにょと動く。そして枯れて荒れ切った唇から、掠れた声と共にぽつぽつと蛍が宙へ舞い上がった。老爺は逃げた虫達が視界に入っているだろうに、何も気にせず、じっと私を見つめている。そのせいで、先の蛍の歌の歌詞めいた言葉は、川辺へ寄っていく虫達に言っているはずなのに、どうしても私へ向けられているように思えてならない。 「喉、乾いておるんだろ……」  すっかりと口から虫はいなくなったのか、詠うように虫を放っていた老爺は明瞭に聞き取れる声で話しかけてきた。 「え、えぇ。まぁ……」  素直に返事をしてしまう事は夢世界では当たり前にある事で、私は身をこわばらせつつも正直に答えてしまう。老爺は緩慢な動きで天秤に垂れ下がっていた籠から欠けた茶碗を取り出すと、これまた緩慢な動きで川の水をすくった。 「一銭になりますよって……」  差し出された片手へ目を落とす。枯れ枝のような指に支えられた茶碗の中で、天の川が揺れている。水鏡となったそれは水飴のように甘い匂いもした。一銭とは器代なのだろうか? お金を払う事も、川の水を飲む事にも抵抗はないけれども、私は首を横に振った。 「持ち合わせがない」 「婆に渡す数だけ入っておるはずだ」  老爺は空いた手で私のポケットを指さした。 「あ……」  何の事か解らないままポケットをまさぐってみると、数枚の銅貨のような感触が指先にあたった。私は一枚を取り出し、茶碗と交換した。

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