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第5話

 三々九度を頂く新郎のように、私は傾けた茶碗へそっと唇をあてた。 「あぁ……美味しい」  美しい星空を喉へ流し込んだ高揚感もあいまって、甘味(あまみ)は喉を潤すに留まらず、私の顔を内側(ないそく)から解(ほぐ)した。二口目では目を閉じ、鼻腔を抜ける甘さを味わう。水を飲む都度に、私の中で凝り固まっていた何かが溶けていく気がした。  飲み干したところで、やっと私は老爺がいない事に気が付いた。茶碗を返そうとした手が、いたずらに宙を突く。その手首を横からするりと現れた手が握ってきた。 「き、君……どうして」  見ればそこにはよく知る青年が立っていた。いつの間に受け取ったのか、両の手で茶碗を胸に添えている。彼は私の問いかけに、ただゆっくりと微笑みを返すだけ。物静かな彼の、いつもの甘い笑顔が、悪戯に舞い上がった一匹の蛍の光に浮かんで消えた。  彼は私の家に住み込んでいる青年で、小顔と白い肌、適当に切ってあるものの柔らかそうな黒髪など、女性と変わらない繊細さを持っていた。華奢だけれども、成人男子としての力は備わっていて、力仕事も立派にこなす。 「あぁ、現実ではないから?」  自問自答をして、私はそっと彼の肩に手をかけた。そしてそっと抱き寄せる。私はいつもそうしていた……家の死角になるところで、誰も来ないのを見計らって。

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