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第6話
私が彼に最初に抱いたのは憐憫の情に他ならない。彼はどうも良くない家庭環境で育ったらしく、私が瓢箪の奥底に魅入られていた時分からすでに重い荷物を背負い、日銭を稼いでは父親の酒代、母親の男遊びに遣われていたらしい。彼は独り腹が空いては長屋の裏に咲く雑草を食べ、共同の井戸から水を飲んで生き延びたそうだ。私の家へ奉公に来た時、彼は錆びついた釘のていだった。自分と似た年齢とは信じられなかった。
彼を不憫に思った長屋の誰かがこっそりと念でも送っていたのか、彼の両親は次々と死んだらしい。大家の口利きで地主の我が家にきたので、未成年といえど扱いは使用人だった。なので、彼は私を"坊ちゃん"と呼んだ。いつからだろう、その坊ちゃんが"若旦那"とかわったのは。
私は彼に若旦那と言って欲しくて、何かと細かい用事を言いつけた。一緒に出掛ける時などには荷物や雨傘を持たせた。決して、私は彼を見下してはいない。主人と使用人の様相を保つ事で、家人や周囲から余計な詮索をされる事を避けていたのだ。私は彼を部屋に呼びつける度に、自ら廊下に誰もいない事を確認し、そっと襖を閉めた。そして甘いお菓子を彼に出していたし、大人になるとそれが甘い接吻に変わった。
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