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第7話
蛍がふらふらと飛んでは、彼の瞳が、鼻が、唇が薄闇に浮かぶ。私は沸き起こった衝動そのままに、彼へ唇を重ねた。
「……んっ」
いつものように、甘い吐息が零れる。と、同時に彼はすっと姿を消してしまった。
「え?」
私は少し驚き、続けて大いにがっかりした。夢の中なのだから、仕方がない……夢のわりに唇の柔らかさは妙に本物のそれだったけれど。誰に八つ当たりすればいいのか解らないモヤモヤを握りしめるように、拳に力を入れる。すると、背後で再び老爺の声がした。
「もう、甘い水はいらんかね?」
私は老爺の存在を今の今まで忘れていた。つい先ほどまでの幻影との痴態をみられていたのだろうか? それとも、私自身は川辺に突っ立っていただけの事だったのだろうか?
「あ、いえ。水はもう……あ、いえ……その」
言いかけて、私は言葉尻を濁した。おかしい。私は喉が渇いていた。さきほど川の水を通したばかりの喉が、もう干からびている。水は飴のように甘かったけれど、喉越しは爽やかで素直に五臓六腑へしみわたっていたはず。彼との束の間の逢瀬で、無意識に緊張をしていたのだろうか?
「さっき頂いたばかりなのに……」
「何度でも欲しくなるさ。こっちの水は甘いからねぇ」
再び銅貨を一枚渡した私へ、老爺はにやにやと笑いながら、新しい茶碗を取り出した。
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