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第12話
期待通り、私の前に彼は現れた。そして一度でも接吻を交わすと、私の渇望に反して儚く消える。まるで光っては消える蛍のようだ。私は何度も老爺から水を買い、幾度も彼の幻を抱くのだけれど、どうしても情欲に我を忘れて口づけをしてしまう。甘い水を飲む度に、私から考える力は溶けていき、本能のままに動いてしまっているようだ。それでも情事は進み、彼の中へ私のものを埋め込んで、容赦なく腰を打ち付け始めたところで……ついにポケットの中身が無くなってしまった。
「あ……そんな……」
私は着ている物のみならず、自分の肌身をもまさぐった。当然だけれども、どこにも銅貨の感触はない。右をみて、左をみて、川の向こうも身を乗り出して覗いてみたけれど、私の所持金の額を知っていたのか老爺は現れない。私は足元へ視線を落とした。
「……」
来た時と同じように、ちょろりちょろりと音をたてて水が流れている。透明なのに、空の星は一つも浮かんでおらず、真っ黒い。私は膝を折られた人形のように、勢いよくしゃがみこんだ。その乱雑な動きに驚いた蛍達が、わっと宙へ飛び立つ。私は辺り一面が暗闇になった事に気が付かないまま、両手で黒い水をすくって飲んだ。
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