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第8話

「可能な範囲で、と申し上げました」  佐倉があまりにも冷静で、かえって涼司の愚行が浮き彫りになり恥ずかしくなる。 「ご依頼の意図がわかりかねますので、申し訳ありませんが」  なおも畳み掛けて来られて、穴があったら入りたくなってきた。 「意図?キスしたい意図って好きやからに決まってるやん!」 「少しお酒が過ぎたのでは?お部屋までお送りしましょうか」  さらに墓穴を掘った涼司に、佐倉は変わらぬ態度で接する。 それがなんだか、無性に悔しくなってきた。 「っ!」  勢いをつけて、涼司の唇が噛みつくように佐倉の唇に触れた。 酔いの回った熱い唇が、佐倉の薄くて冷たい唇を捕らえ続ける。 それはあまりにも長く感じられた。  しばらくして、いい加減にしろと言わんばかりに佐倉が涼司を引き剥がした。 「…お客様、悪ノリはほどほどにお願いいたします」  その顔に、笑みはなかった。  ちょっと親切にしてやったらコロッと惚れちまう。 よくあることだ。 普段優しくされることに慣れていない、モテない憐れな奴に多い。 こっちは仕事でやってんだよ。 そんなものにいちいち振り回されていたら、この仕事は務まらない。  どうせ日常から遠く離れたこんな場所で身も心も浮わついてるんだろう。 仕事中の一面しか知らないくせに、マジ告白とかありえない。 それ以前に、そもそも男だ。  まあいい、どうせ朝になったら何もかも忘れてるだろ。 「副支配人さん」  翌朝。 両親がチェックアウトの手続きをしている隙に、涼司が佐倉に声をかけてきた。 「椚田様。おはようございます」  いつも通りの笑顔で返す。 「昨夜は失礼しました!」  周りが驚いて見るぐらいの声量で、涼司が謝ってくるではないか。 「大丈夫ですよ、お気になさらず」 「なさるっちゅうねん!酔って酷いことしたのは謝る、けど嘘は言うてへんから…これだけ受け取って。お世話になりました」  佐倉にメモ用紙を握らせ、涼司は家族とともにホテルを去った。
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