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波とヤドカリ

麗彪(よしとら)side】 今日はクリスマスイブ。 街は一層賑やかになっているが、人混みは車のウインドウ越しにかわし、目的地へと急ぐ。 美月(みつき)ご所望の海だ。 どうせならリゾートの青く綺麗な海を見せてやりたかったが、俺の仕事関係や、美月のパスポート問題で遠出が出来なかった。 暖かいプライベートビーチはまた今度にして、冬の広く静かな海を見せてやろうと思う。 「麗彪さん、海に行っても、手、つないでてくださぃ・・・」 「ああ、絶対放さない」 「ぁと、かいがら、さがしたいです」 「ああ、俺も一緒に探す」 「それと、海の水、のんでみたいっ」 「ちょっと舐めるだけな」 部屋を出てから車の中でも、ずっと美月と手を繋いでる。 初めての遠出が不安なんだろう。 美月が何かに気を取られて一瞬手を放し、俺がまた手を取ろうとすると、慌てて俺の手にしがみついてくるのが激しく可愛い。 昨夜も海のドキュメンタリー映画かなんかを見ながら、ずっと嬉しそうに海の話をしていた。 「さあ、着きましたよ~。あ、麗彪さん、美月くんにマフラーしてあげてください」 「ん」 今日の美月はふわもこ完全防寒スタイル。 絶対風邪なんかひかせねぇ。 「・・・ぁ、うみ・・・海だあっ!」 前もって駿河(するが)が手を回し一帯の人払いをしたらしく、車を降りると目の前には誰もいない静かな浜辺が広がっていた。 美月の小さな手が俺の手をぎゅっと握り、そして控え目に引っ張る。 「麗彪さんっ、行こっ、はやく行こっ!」 「わかった。美月、走ると転ぶぞ。海は逃げな・・・」 「だって、ほら、にげちゃうっ」 「波はまた来るから」 波が引くのを逃げると思ったのか。 慌てて追いかけようとするのが本気で可愛いんだが俺はどうしたらいい。 取り敢えず携帯で動画を録る。 「あっ、来たっ、ね、麗彪さん来たよっ!」 戻ってきた波にはしゃぐ美月が余りに可愛過ぎて、動画がブレそうになる。 右手は美月の左手と繋いでいるので、慣れない左手で携帯を持っているから尚更だ。 「そうだな。あんまり近付いて波に捕まると、沖に流されるぞ」 「おきって?」 「向こうの、遠くの方だ」 「・・・・・・こわぃ」 俺にしがみついてくる美月。 やべぇ可愛い。 「大丈夫だ、絶対放さないって言ったろ。波になんか連れて行かせねぇよ」 「・・・ぅん。じゃあ、かいがらさがしたいっ!」 それから、俺と美月、駿河と時任(ときとう)で貝殻を探した。 美月は小さな薄桃色のサクラガイ、俺は白いヒオウギガイ、駿河は青いシーグラス、時任は・・・。 「・・・これ、えっと・・・ヤドカリっ!」 「よく見つけたな。冬でもいるもんなんだな」 時任の掌から逃げようとする小さなヤドカリ。 美月は興味津々だ。 ビビリながらも手に乗せ、近くでよく観察してから、そっと砂浜に帰してやった。 そんな美月に駿河が小さな巻き貝を見せる。 美月はそれをヤドカリからむしったと思ったらしく、泣き出してしまった。 必死に謝る駿河。 さっきのヤドカリをまた捕まえてきて弁護させる時任。 泣き止んでヤドカリの観察を再開する美月。 宥め役を奪われ、ヤドカリに若干嫉妬する俺。 寒いのでそんなに長い時間はいられなかったが、初めて海を体験した美月も、久しぶりに海に来た俺も、ついでの駿河・時任も、結構楽しんだ。 「麗彪さん、海、また来たい!」 「ああ。次は南の島のプライベートビーチにしような」 車に乗り込み、予約を入れたレストランへ向かう車中で、海の水を飲み忘れた事に気付いた美月を宥めながら、ヤドカリへの嫉妬心を手放した。

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