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やさしいこえの人

美月(みつき)side】 ぼくは、売られた。 おかあさんが、じゃあねって言って、手をふってた。 わらってた。 おかあさんがわらってれば、ぼくはだいじょうぶ。 わらってるときは、ぶたれないから。 おかあさんが行っちゃって、くらいところにつれていかれて、さむくて、あかるくなって。 おーくしょん、だって。 ここでぼくは、だれかに買ってもらう。 買ってもらわないと、きっとおかあさんにおこられる。 ぶたない人が、買ってくれたらいいな。 こわくて、目をつぶってたら、やさしいこえがした。 おいでって、言ってくれた。 しらない人なのに、ぼくはついて行かなきゃって、おもったんだ。 この人と、いっしょに行かなきゃって。 それから、えほんで見たくるまにのった。 おおきい男の人が3にん、ぼくのまえと、となりにすわってる。 おいでって言ってくれた、となりの人。 ・・・ずっとぼくのこと見てる。 どおして? ぼくがきたないから? あたまがわるいから? どおしよう、ちゃんとしなきゃ、おかあさんにおこられちゃう。 あ、まえにすわった人が、しょくじって言った。 しょくじって、ごはんのことだ。 おなか、すいたな・・・。 おかあさんは夜にごはんをくれたけど、この人もごはん、くれるかな。 「なあ、名前はなんていうんだ」 なまえをきかれた。 くお、みつき。 言おうとしたけど、こえが出なくて。 ちゃんと言えなくてぶたれるっておもったけど、ぶたれなかった。 「美月・・・いい名前だな」 いいなまえって、言ってくれた。 うれしい・・・。 おかあさんがつけてくれた、たまによんでくれた、なまえ。 おかあさんが、さいごになまえよんでくれたの、いつだったかな。 「あ、ブランケットありますよ」 おかあさんになまえをよばれたときをおもい出そうとしてたら、きれいであったかいのをかけられた。 まえにすわってる人が、ぶらんけっとって言ってたやつだ。 ぼくに、ぶらんけっとをかけてる。 だめ、よごれちゃう。 ぼくがさわったらよごれちゃう。 おかあさんのふくも、手も、なにも、ぼくはさわっちゃだめなんだ。 きたないんだからって、おかあさんにおこられちゃう。 「美月はどこも汚れてない」 やさしいこえ。 ぶらんけっと、ぼくにかけてもいいの? おこられないの? あったかい、やわらかい、いいにおい・・・。 ずっと、さわってたいな。 「美月、腹減ってるだろ。何が食べたい?」 なにが食べたい? なにって、ごはんが食べたい。 ごはん、おかあさんが夜になったらくれるごはん。 ほかに、なにかあるの? 「ハンバーグとか、オムライスとか、シチューとか、食べた事ないか?」 え、なんて言ったの? それ、ごはんのなまえ? しらない・・・どおしよう・・・。 「そうか。じゃあ今晩から食事は1日3回、あと午前と午後におやつな」 しょくじは1にち3かい・・・? 夜じゃなくても、ごはん食べていいの? お、おやつ・・・って、なあに? ごぜんとごご・・・って、なんだろう・・・。 それから、やさしいこえの人は、夜のごはんをなににするか、ずっとかんがえてた。 まえにすわってる人とはなしあってたけど、ぼくにはどれも、どんなごはんなのかわからない。 ただ、ぶらんけっとをさわりながら、やさしいこえの人のなまえが、しりたいっておもってた。

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