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汚れてない
【麗彪 side】
「かわいい、って、なんですか?」
今まで、可愛いと言われた事がなかったのか。
そんなに可愛いのに、誰もお前を可愛いと言わなかったのか。
いったいどんな生活をしてきたんだ。
駿河 に調べさせるのは簡単だが、結果を知ってどうする。
美月の母親をバラすか、沈めるか、埋めるかだろう。
そんな事をして、美月が喜ぶのか。
俺なんかがぶたれるのを嫌がるような、優しい美月が・・・。
「美月、ほら、ここ座れ」
母親の事を考えるのはやめよう。
俺の中では既に鬼籍に入った事にしておく。
そんなやつの事より、目の前の美月の事を考えてやらないと。
漸 くリビングに辿り着いた美月をソファに座らせ、俺もその隣に座る。
俺が座るとソファの座面が沈むが、美月はかなり浅く座っているらしく、殆んど動かなかった。
まさかとは思うが、ソファが汚れると思っているのか・・・。
「美月、もっと深く座らないと落ちるぞ」
ブランケットの上から美月を抱き上げ、ソファの背凭れに背中が付くぐらい深く座らせる。
美月の華奢な両脚がひょいっと浮いて、無防備に宙に浮いた。
一瞬、何が起こったか判らずきょとん、としてから慌て出す美月。
今のきょとん顔、可愛かった・・・もう変態でも何でもいい、もっと色んな表情が見たい。
「あ、ぅ、よご・・・」
「汚れない。そんなに心配なら、風呂でも入るか?」
「ふろ・・・」
風呂という言葉に、ぎくりと分かりやすく動揺する美月。
そのまま俯いて、大人しくなった。
「美月?どうした、風呂嫌いなのか?」
「ぁ、い、ぃいえ、ごめんなさい、おふろ、ちゃんと入ります・・・」
別に、無理に入る必要はないんだが。
実際、美月は汚れてなんかないし。
「入りたくないなら、入らなくていいぞ」
「え?・・・でも・・・ぼく、きたない、から・・・」
完全に思い込みだと思うんだが。
「何で汚いと思うんだ?誰かに・・・何か、されたのか?」
あまり聞きたくない話題だ。
幼く見えるとはいえ、美月は15歳・・・その上この可愛さでは、何があったとしてもおかしくない。
「ぉ、おかあさんが、ぼくはきたないって、いつも・・・」
そう言って、悲しそうな顔をした。
美月の言うキタナイの意味を深読みし過ぎていたようだ。
また「オカアサン」か。
鬼籍に押し込んだはずの母親がまた這い上がって来やがった。
くそ、やっぱ何とかしてケジメつけねぇと気がすまねぇな。
「それ、間違いだから。母親の言った事は全部忘れろ」
「・・・まち、がい?」
大きな瞳が更に大きく見開かれる。
やべぇ、可愛い。
「いいか、美月の母親が言った事は全部間違いで、嘘だ」
「うそ・・・」
見開かれた瞳が揺れる。
そりゃあ仮にも母親の言った事だ、いきなり全部嘘だとか言われても混乱するだろう。
だが、早いうちに母親の呪縛は解いておいた方がいい。
「いいか、美月は汚れてないし、賢いし、可愛いんだ。ああ、可愛いの意味は後で・・・」
「ぼく、よしとらさんの言うことをほんとうっておもいたい・・・」
瞳をゆらゆらさせたまま、美月が小さいがはっきりした声で言った。
思いたい、ってことは、まだ思えてないって事か。
「俺の言ってる事、信じられないか?」
「しんじ、られない?」
「本当って思えない?」
「ぉ・・・おもい、たい、です・・・でも、おかあさんが言ったことしか、ぼく、しらないから・・・」
母親の呪縛は強い。
そりゃあ15年も縛られてたんだ、仕方ない。
時間がかかってもいい、ゆっくりでいい。
「じゃあ、先ずはひとつだけでいい、俺の言う事信じて、本当だって思ってくれるか?」
考えているのか、迷っているのか、少し俯いてから、美月は顔を上げてこくり、と頷いてくれた。
「美月は汚れてない」
「・・・っ、は・・・ぃ・・・」
俺の言葉を聞き、息を飲んで、顔を赤らめ目をぎゅっと閉じて、美月はやっと頷いた。
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