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スプーンと好き嫌い

麗彪(よしとら)side】 心の声の駄々漏れが止まらねぇ。 美月に好きだと言われて、思わず結婚しようとか言ってしまった。 出来るならしたいが、そもそも美月の言う「好き」が俺の「好き」と同じかどうか・・・。 違う、だろうな。 いや、そもそも、会ったばかりの男に言われて嬉しい言葉ではないだろう。 結婚の意味を教えるべきか・・・。 誤魔化そうにも美月は賢いから、誤魔化された事に気付いて、気を使うか・・・傷付く。 美月を傷付けるなんて最悪だ。 傷付けるくらいなら正直に話して変態だと罵られる方がいい。 「よしとらさん?」 「ん?どうした美月」 「食べない、の?」 ダイニングテーブルに並べられた晩飯。 チキンとトマトのチーズリゾット、美月の口に合わせて小さく切られたカラフルなサイコロサラダ、玉子スープ、カットフルーツ。 時任(ときとう)はあの外見だが、料理が得意だ。 一時期、あだ名がオカンだった。 そう呼んでいたのは俺と駿河(するが)だけだったが。 「食べるよ。美月は食べないのか?」 「え?・・・これ、ぼく、食べていい、の?」 自分の前に並べられた食事を食べていいのかと聞く美月。 たくさん食べないと大きくなんねぇぞ。 「美月が食べていいんだよ」 「・・・ぁ・・・でも・・・」 「どうした?」 料理から目を離せないでいる所を見ると、空腹ではあるのだろう。 それでも、膝の上で着ぐるみパジャマの袖を握ったまま、手を出そうとしない。 「美月?」 「・・・ぁの・・・ぼく・・・ゎ、わから、なくて・・・」 わからないって、何がだ? 前にあるのは美月の食事だって事はもう言ったし、食べていいとも言った。 後は何だ・・・? まさかテーブルマナーか? そんなもん必要ねぇし、美月と食事の間には駿河が買ってきた子ども用スプーンしかない。 鬼籍に捩じ込んでもまだ這い出てくる美月のオカアサンは、美月にスプーンも使わせた事がないのか。 「これ、スプーン持って」 「す、ぷーん?」 スプーン知らなかったのか。 箸が使える様には思えないが。 フォークを使ってた? それとも・・・。 「美月、飯食う時はどうしてたんだ?」 美月の手にピンクのスプーンを握らせてやりながら、もしスプーンよりフォークがいいなら駿河に用意させようと聞いてみる。 言うまでもなく、駿河は既にスプーンとお揃いのピンクのフォークを手にしてスタンバっていたが。 「おさらもって、口で・・・手はつかっちゃだめって。よごすからって・・・おかあさんが・・・」 美月を犬扱いかいい度胸だてめぇ二度と手が使えねぇように潰して焼いてからブッコロ・・・・・。 落ち着け俺、オカアサンなんてこの世に存在しない、忘れろ。 美月の事だけ、考えねぇと。 「手ぇ使ってもいい。汚したら拭けばいいだろ?美月は、好きな物を好きな様に食べればいいんだ」 握ったスプーンをまじまじと見てから、恐る恐るリゾットの皿まで持って行く美月。 すくったリゾットをそのまま口に入れようとした。 「美月、熱いから、ふーって息で冷ますんだ」 「ふー?」 見本を見せようと、俺がスプーンのリゾットに息をかけて冷ます。 そのまま美月の口許へ持って行くと、控えめに口を開けた。 スプーンに乗ったリゾットが美月の口へ・・・。 ・・・やべぇ、飯食わせてるだけなのに、エロいとか思ってしまう自分がやべぇ。 心の中で滝行をし、おいしーと言いながら口許をぺろりと舐める美月を見ていた。 ・・・滝じゃ生ぬるい、冬の日本海にこの(よこしま)な考えを沈めないと・・・。 「これ、きれい」 「サイコロサラダ。嫌いな野菜があったら残してもいいからな」 スプーンでカラフルな野菜をすくいながら、俺を見て首を傾げる美月。 まだスプーンの持ち方に馴れず、辿々(たどたど)しい仕草がやっぱり可愛い。 しかも兎。 「よしとらさん、きらいなやさい、のこすの?」 「残す。無理して食べない、それがうちの方針」 「ほうしん?」 「決まりって意味な」 俺たちのやり取りをニヤニヤしながら見ていた駿河(するが)が、口を挟んできた。 「麗彪(よしとら)さんはパプリカが嫌いなんですよ。ピーマンは食べられるのに。俺は玉葱が苦手~。時任(ときとう)は・・・あれ、嫌いな野菜無かったっけ?」 「無い。野菜は」 「あ~バナナ嫌いなんだよね~」 駿河の能天気な笑い声に、美月も笑顔でサラダを頬張る。 それから、4人で食べ物の好き嫌いを言い合いながら、明るい晩餐は続いた。

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