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狐のぬいぐるみと禊
【麗彪 side】
「すぐ帰ってきてください」
時任 からそれだけ言われ、電話が切れた。
美月 に何かあったんだ。
「駿河 、車出せ、帰るぞ」
「えっ!あ、はい」
まだ仕事中だってのに、いきなり帰ると言った俺に何も聞かず、一緒に車へ走る駿河。
聞かなくても何があったか察したんだろう。
「急げ」
「はい飛ばします」
ここからだと20分はかかるか・・・。
くそ、何があったんだ。
美月は無事か。
ただすぐ帰れと言っていただけだから、美月は側にいるんだろう。
時任の声音からして、イラつく事があったんだろうが、一体何があったんだ・・・。
駿河が相当飛ばしたらしく、予想より早くマンションに着いた。
駐車スペースではなくエレベーター前に車を付ける所は、さすが駿河だ。
車が停車するより先にドアを開け、エレベーターに飛び乗る。
美月、頼むから無事でいてくれ。
「美月!」
「ぁ・・・ょ、よしとらさん・・・」
よかった、無事みたいだ。
俺が脱いで渡したパーカーを着て、不安そうに見上げてくる姿に、安堵しつつ抱き寄せる。
「大丈夫か美月・・・目が赤いな、泣いたのか?何があった?」
「・・・ぁの・・・ぼく・・・ごめん、なさ・・・」
「俺から報告していいですか」
美月は怯えている様で、悪くもないのに謝ってしまう。
時任から話を聞くと、買い物に出た隙に新名 が来て、美月を連れて行こうとし、美月が泣いていた、と。
あの野郎、二度と美月の前に現れない様に本気で消すか・・・。
「麗彪さん、あの、新名さんはぼくとお出かけしたかったんだって。でもぼく、麗彪さんにないしょでお出かけは行けませんって言って、新名さん悲しそおになっちゃって、ごめんなさぃ」
「新名の心配なんてしなくていい。連れて行かれそうになって恐かっただろ。もう新名は美月に会わせないから」
駿河も帰って来て、時任から話を聞いた様だ。
玄関を確認し、侵入方法は合鍵を使ったんだろうと結論を出した。
この部屋の鍵は俺と駿河、時任、それから念の為カンナにも渡してあるが、実家に帰った時に誰かの鍵を盗んで合鍵を作ったんだろう。
やっぱりあいつはヤバい。
いっそ片桐 に処理を頼むか・・・。
「でも、麗彪さんにちゃんと言ってから、新名さんがしたかったコンビニデート行きましょって、約束したよ・・・」
「コンビニデート・・・それ、新名がしようって言ったのか?」
「うん・・・コンビニデートしたかったって言ってた・・・」
何で、新名が、コンビニデートを知ってるんだ。
あいつの前で話した覚えはない。
他に知ってるのは駿河と時任だが、新名とは最近接触してないし、他にも話してないはずだ。
だとしたら・・・。
「美月、ホテル行こう」
「ホテル・・・お泊まり?」
「ああ。1週間くらい、駿河と時任も一緒にな。駿河と荷造りしてきてくれ」
美月と駿河がキャリーバッグを取りに行った隙に、時任とエレベーターホールに出る。
「盗聴されてますね」
「だろうな。部屋は片桐に掃除させるか・・・引っ越すか・・・」
「立地やセキュリティ面でも、他にいい部屋があるとは・・・前に候補にしてた所は、今日みたいに15分で帰ってくるのは難しいですし」
「なら片桐だな。掃除と鍵の交換もさせる」
片桐に連絡し、掃除と鍵交換を頼んだ。
部屋に戻り、俺と時任も荷造りを始める。
仕事関連と、服と、あとは適当に駿河がやってくれるだろう。
「美月、どうだ?」
「えっと、とらきちたちは抱っこして行きます。お洋服と、ぱぱの赤い車は入れて、モンスタートラックはお留守番で、あと・・・」
「美月、とらきちと海 は連れて行っていいが、コレは置いて行こう」
新名のスパイ疑惑がある狐のぬいぐるみ。
中に入っていたGPSは抜いてあるが、どうも信用出来ない。
置いて行けば片桐がキレイにしてくれるだろ。
「どーしてまどかだけお留守番なの?かわいそおだよ?」
「あー・・・真叶 には虫がいるんだ。片桐が掃除しに来てくれるから、帰ってくるまでにキレイにしてもらおう、な?」
ぬいぐるみに罪はないとわかっていても、やっぱ気に入らない。
だが禊 が済んだらただの狐のぬいぐるみとして扱う様にしよう。
美月が気に入ってるし・・・。
「そっか・・・片桐さんに、まどかの事お願いしますって、言ってもいい?」
「ああ。電話するか?」
美月が俺の携帯で片桐に電話してる間、駿河は盗聴を警戒し外に出てホテルの手配をし、時任は荷物を車に積みに行った。
鍵を変えたら片桐にも持たせて、定期的にチェックさせるか。
「・・・うん、よろしくお願いします。あ、麗彪さんにかわりますね」
「ん。片桐、頼んだぞ」
とらきちと海を両手で抱きしめる美月を抱き上げ、部屋を出る。
エレベーターから駐車場に出ると、時任がエレベーター前に回して来たアウディのSUVが停まっていて、荷物の積み込みを終えた駿河が待っていた。
「あ、麗彪さん、美月くん着替えさせないで来ちゃったんですか?」
「あ、忘れてた」
今の美月はピンクベージュのカーゴパンツに、俺の黒いパーカーを着てるが、明らかにパーカーがオーバーサイズで萌え袖どころか袖から手が出てない状態だ。
仕方ない、着替えを取りに・・・。
「ぼく、このままがいい」
「美月が俺のパーカーがいいって言ってるから俺のパーカー着せたままにする」
「はいはいそーですか〜」
引き下がった駿河が後部座席のドアを開け、美月をそっと座らせる。
美月はすぐに奥へ移動し、俺が隣に乗るのを待ってくれる。
あー・・・言い辛いな・・・。
「ごめん美月、時任と一緒に先に行っててくれ。やる事あるから、後から行く」
「・・・ぇ・・・・・・」
やっぱだめか。
美月の目からぶわわっと涙が溢れるのを見たら、一緒に行かないなんて言えない。
攫われそうになったんだし、まだ不安だろう。
「わかった、一緒に行く。駿河、頼む」
「はいは〜い」
本当は片桐を待って、新名の処理についても話そうと思ってたんだが・・・美月の方が大事だ。
「駿河さん、行かないの?」
「片桐が来るので待ってる係です〜。片桐に部屋の鍵渡したら、俺もすぐ追いかけますよ〜」
時任の運転でホテルへ着くと、支配人とポーターが待ち構えていた。
ポーターに荷物を任せ、駿河が頼んでおいたのか支配人の案内でレストランの個室に入る。
おやつがまだだった美月のために、駿河がアフタヌーンティーを手配したらしい。
「お菓子いっぱい!」
美月に笑顔が戻り、ほっとする。
時任もかなりピリピリしてたが、美月が喜んでるのを見て少し落ち着いた様だ。
自分が美月を置いて買い物に行ったせいでこうなった、とでも思ってるんだろう。
新名への警戒を怠ったのは俺も同じだ、時任を責めるつもりはない。
さて、今日やるはずだった仕事はどうするか・・・。
ホテルにいる間は美月の側を離れない方がいいだろうし・・・。
リモート・・・は面倒くせぇな・・・駿河に投げるか・・・。
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