95 / 300

狐のぬいぐるみと禊

麗彪(よしとら)side】 「すぐ帰ってきてください」 時任(ときとう)からそれだけ言われ、電話が切れた。 美月(みつき)に何かあったんだ。 「駿河(するが)、車出せ、帰るぞ」 「えっ!あ、はい」 まだ仕事中だってのに、いきなり帰ると言った俺に何も聞かず、一緒に車へ走る駿河。 聞かなくても何があったか察したんだろう。 「急げ」 「はい飛ばします」 ここからだと20分はかかるか・・・。 くそ、何があったんだ。 美月は無事か。 ただすぐ帰れと言っていただけだから、美月は側にいるんだろう。 時任の声音からして、イラつく事があったんだろうが、一体何があったんだ・・・。 駿河が相当飛ばしたらしく、予想より早くマンションに着いた。 駐車スペースではなくエレベーター前に車を付ける所は、さすが駿河だ。 車が停車するより先にドアを開け、エレベーターに飛び乗る。 美月、頼むから無事でいてくれ。 「美月!」 「ぁ・・・ょ、よしとらさん・・・」 よかった、無事みたいだ。 俺が脱いで渡したパーカーを着て、不安そうに見上げてくる姿に、安堵しつつ抱き寄せる。 「大丈夫か美月・・・目が赤いな、泣いたのか?何があった?」 「・・・ぁの・・・ぼく・・・ごめん、なさ・・・」 「俺から報告していいですか」 美月は怯えている様で、悪くもないのに謝ってしまう。 時任から話を聞くと、買い物に出た隙に新名(にいな)が来て、美月を連れて行こうとし、美月が泣いていた、と。 あの野郎、二度と美月の前に現れない様に本気で消すか・・・。 「麗彪さん、あの、新名さんはぼくとお出かけしたかったんだって。でもぼく、麗彪さんにないしょでお出かけは行けませんって言って、新名さん悲しそおになっちゃって、ごめんなさぃ」 「新名の心配なんてしなくていい。連れて行かれそうになって恐かっただろ。もう新名は美月に会わせないから」 駿河も帰って来て、時任から話を聞いた様だ。 玄関を確認し、侵入方法は合鍵を使ったんだろうと結論を出した。 この部屋の鍵は俺と駿河、時任、それから念の為カンナにも渡してあるが、実家に帰った時に誰かの鍵を盗んで合鍵を作ったんだろう。 やっぱりあいつはヤバい。 いっそ片桐(かたぎり)に処理を頼むか・・・。 「でも、麗彪さんにちゃんと言ってから、新名さんがしたかったコンビニデート行きましょって、約束したよ・・・」 「コンビニデート・・・それ、新名がしようって言ったのか?」 「うん・・・コンビニデートしたかったって言ってた・・・」 何で、新名が、コンビニデートを知ってるんだ。 あいつの前で話した覚えはない。 他に知ってるのは駿河と時任だが、新名とは最近接触してないし、他にも話してないはずだ。 だとしたら・・・。 「美月、ホテル行こう」 「ホテル・・・お泊まり?」 「ああ。1週間くらい、駿河と時任も一緒にな。駿河と荷造りしてきてくれ」 美月と駿河がキャリーバッグを取りに行った隙に、時任とエレベーターホールに出る。 「盗聴されてますね」 「だろうな。部屋は片桐に掃除させるか・・・引っ越すか・・・」 「立地やセキュリティ面でも、他にいい部屋があるとは・・・前に候補にしてた所は、今日みたいに15分で帰ってくるのは難しいですし」 「なら片桐だな。掃除と鍵の交換もさせる」 片桐に連絡し、掃除と鍵交換を頼んだ。 部屋に戻り、俺と時任も荷造りを始める。 仕事関連と、服と、あとは適当に駿河がやってくれるだろう。 「美月、どうだ?」 「えっと、とらきちたちは抱っこして行きます。お洋服と、ぱぱの赤い車は入れて、モンスタートラックはお留守番で、あと・・・」 「美月、とらきちと(カワウソ)は連れて行っていいが、コレは置いて行こう」 新名のスパイ疑惑がある狐のぬいぐるみ。 中に入っていたGPSは抜いてあるが、どうも信用出来ない。 置いて行けば片桐がキレイにしてくれるだろ。 「どーしてまどかだけお留守番なの?かわいそおだよ?」 「あー・・・真叶(まどか)には虫がいるんだ。片桐が掃除しに来てくれるから、帰ってくるまでにキレイにしてもらおう、な?」 ぬいぐるみに罪はないとわかっていても、やっぱ気に入らない。 だが(みそぎ)が済んだらただの狐のぬいぐるみとして扱う様にしよう。 美月が気に入ってるし・・・。 「そっか・・・片桐さんに、まどかの事お願いしますって、言ってもいい?」 「ああ。電話するか?」 美月が俺の携帯で片桐に電話してる間、駿河は盗聴を警戒し外に出てホテルの手配をし、時任は荷物を車に積みに行った。 鍵を変えたら片桐にも持たせて、定期的にチェックさせるか。 「・・・うん、よろしくお願いします。あ、麗彪さんにかわりますね」 「ん。片桐、頼んだぞ」 とらきちと海を両手で抱きしめる美月を抱き上げ、部屋を出る。 エレベーターから駐車場に出ると、時任がエレベーター前に回して来たアウディのSUVが停まっていて、荷物の積み込みを終えた駿河が待っていた。 「あ、麗彪さん、美月くん着替えさせないで来ちゃったんですか?」 「あ、忘れてた」 今の美月はピンクベージュのカーゴパンツに、俺の黒いパーカーを着てるが、明らかにパーカーがオーバーサイズで萌え袖どころか袖から手が出てない状態だ。 仕方ない、着替えを取りに・・・。 「ぼく、このままがいい」 「美月が俺のパーカーがいいって言ってるから俺のパーカー着せたままにする」 「はいはいそーですか〜」 引き下がった駿河が後部座席のドアを開け、美月をそっと座らせる。 美月はすぐに奥へ移動し、俺が隣に乗るのを待ってくれる。 あー・・・言い辛いな・・・。 「ごめん美月、時任と一緒に先に行っててくれ。やる事あるから、後から行く」 「・・・ぇ・・・・・・」 やっぱだめか。 美月の目からぶわわっと涙が溢れるのを見たら、一緒に行かないなんて言えない。 攫われそうになったんだし、まだ不安だろう。 「わかった、一緒に行く。駿河、頼む」 「はいは〜い」 本当は片桐を待って、新名の処理についても話そうと思ってたんだが・・・美月の方が大事だ。 「駿河さん、行かないの?」 「片桐が来るので待ってる係です〜。片桐に部屋の鍵渡したら、俺もすぐ追いかけますよ〜」 時任の運転でホテルへ着くと、支配人とポーターが待ち構えていた。 ポーターに荷物を任せ、駿河が頼んでおいたのか支配人の案内でレストランの個室に入る。 おやつがまだだった美月のために、駿河がアフタヌーンティーを手配したらしい。 「お菓子いっぱい!」 美月に笑顔が戻り、ほっとする。 時任もかなりピリピリしてたが、美月が喜んでるのを見て少し落ち着いた様だ。 自分が美月を置いて買い物に行ったせいでこうなった、とでも思ってるんだろう。 新名への警戒を怠ったのは俺も同じだ、時任を責めるつもりはない。 さて、今日やるはずだった仕事はどうするか・・・。 ホテルにいる間は美月の側を離れない方がいいだろうし・・・。 リモート・・・は面倒くせぇな・・・駿河に投げるか・・・。

ともだちにシェアしよう!