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狐の涙
【麗彪 side】
部屋を出て、エレベーターホールには誰も居なかったから駐車場まで降りた。
駐車場に出ると、隅の方に人影が見えて近付く。
背を向けて時任 が立っていて、その前には地面に座り込んだ新名 。
殴られたんだろう、ぐったりしている。
「時任、一応親父のだ、壊すなよ」
「まだ腹しか殴ってません」
まだって事は、次撃くらわす気だったんだな。
普通に殺 るつもりだろ。
「もういい」
さて、どうするか。
美月 に、怒らないでと言われているし・・・。
意識を取り戻しつつある新名を見下ろしながら考えていたら、駐車場に黒いベンツが入って来た。
見覚えがある・・・。
「片桐 から連絡もらったよ。悪かったな麗彪。みっちゃんは大丈夫かい?」
後部座席から降りて来たのは親父だった。
「親父・・・こいつを回収に来たのか」
「いや、そおじゃねえんだが・・・ちょっと話せるか?時任、お前はみっちゃんとこ行ってろ」
そう言われた時任がちらりと俺を見る。
俺が、行けと顎で指示すると、大人しくエレベーターで上がって行った。
「で、話って何だ」
「新名の事だよ。こいつなぁ、お前んとこに行きたいんだと。俺に頭下げて頼んできやがった。お前の手駒 に入れてやってくんねぇか」
「ふざけんな。美月が目的だろ」
「まあ、そぉなんだが。こいつの好きは、お前の好きとは違うんだよ。なあ、新名」
やっと覚醒して顔を上げた新名に、親父が話せと促す。
例え親父が相手でも、こんなに大人しい新名を見るのは初めてだ。
時任にも無抵抗で殴られたんだろう。
だから時任は追撃せず、黙って見下ろしてた。
「どぉ・・・しても、お嬢の、側に・・・いたいん、です」
「何でだ。美月は俺の嫁だ。手ぇ出していい相手じゃない事はわかってんだろが」
「手を・・・出す、つもりは、ありません・・・ただ、側で・・・護りたいん、です・・・もぉ・・・二度と、奪われたく・・・ない・・・っ」
あの新名が、ウチで一番ヤバい新名が、常に何考えてるかわからない顔で笑っている新名が、ぼたぼたと涙を流している。
何なんだ。
二度と奪われたくない?
美月をか?
俺と逢うまで外の世界を知らなかった美月と、新名に接点があるとは思えない。
なら何でだ。
「新名はな、父親に殴られて育ったんだ。そいつの借金返すのに、売れるモン何でも売って、大事なモン護るために自分が殴られ続けた。護ってたのは、歳の離れた妹だ」
そうか、こいつも殴られて育ったのか。
美月の事情は親父に話したが、たぶんこいつも聞いてたんだろう。
それで、美月に親近感を持ったのか?
だとしても、何でそんな不器用に、執拗に、美月に近付いたんだ。
「俺はたまたま父親 に落とし前付けさせるためにこいつの家に行ったんだが、既に人の形をしてなかったよ。新名は・・・部屋の隅で、血だらけで・・・冷たくなった妹を抱いてた」
初めての殺しが、父親か。
じゃあ、妹は・・・。
「俺が、帰ったら、死んでたんです・・・妹 が・・・まだ5歳だったのに・・・っ、競馬で負けた腹いせにっ、殴られて・・・っ、あの野郎っ、妹を床に、転がしたまま・・・っ」
新名は自分の境遇を美月に重ねてたんじゃない。
妹を重ねたんだ。
父親に殴り殺された妹を。
母親に殴られ売られた美月に。
「・・・っ、はぁー・・・」
「お、可哀想な狐を飼ってやるつもりになったか?」
クソ親父め。
知ってたから、新名が美月に構うのを止めなかったのか。
だからって、俺の美月に必要以上に構うのは許さねぇからな。
「おい新名、お前、美月のためなら何でもやるか?」
俺の言葉に、新名がぐっと袖で顔を拭って姿勢を正した。
「はい。肉壁でも何でも。お嬢を護れるなら何でもします」
「盾になるのはいいが、死ぬな。美月が泣くだろ。死なずに護れるなら、仕方ねぇから俺がこき使ってやる。片桐の睡眠時間を稼いでやれ」
「・・・っ、はいっ!ありがとうございますっ!」
「あ、そういや、いつの間にか片桐もお前に取られたな。まあいいか、みっちゃん懐いてるみたいだし」
こうして、まんまとヤバい狐を親父に押し付けられた。
美月は喜ぶだろうが、時任が納得するかどうか・・・。
まあ、美月のためだと言えば、文句は言わないだろ。
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