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⭐︎番外編⭐︎時任と美月

時任(ときとう)side】 「美月(みつき)、気を付けろよ」 「うんっ!」 やってみたいと言うのでやらせる事にしたが、ミキサーだって凶器になり得る。 自分の手元のボウルでバター、粉砂糖、卵黄を混ぜながら、美月の手元からは目を離さない。 溶かしたチョコをボウルに加えて混ぜ終わる頃、美月のボウルでメレンゲが出来上がった。 「美月、それをこっちに少し入れてくれ」 「はいっ」 こっちのボウルの中身が混ざったら、美月のボウルへ流し込む。 「混ぜていいぞ」 「うんっ」 今作っているのはザッハトルテだ。 レシピ本の表紙がこれで、美月が「このぴかぴかケーキも作れますか?」と聞いてきたから一緒に作る事にした。 いつもなら美月にちょっかい出して邪魔してくる麗彪(よしとら)さんも、駿河(するが)とオフィスに行ってるから作業が順調に進んでいる。 「それ、なんの粉?」 「薄力粉とココア。混ぜるの上手くなったな」 「ほんと?えへっ」 今まで、料理を誰かに手伝わせた事はなかった。 邪魔にしかならない人間ばかりだったし。 美月は・・・たぶんウチに来る前の生活で身に付けたであろう周辺察知能力で、絶対に俺の邪魔にならない様に立ち回る。 身を守る為、自然と身に付いた能力なんだろう。 酷く可哀想で、愛おしい。 護ってやらなければと思える相手だ。 「焼けるまで50分くらいだな。待ってる間なんかするか?」 「遊びましょうっ!今日こそ時任さんにジェンガで勝ちますっ!」 「すげぇ気合いだな」 ダイニングテーブルに木製のジェンガを積み、美月と交互にブロックを抜いては積み上げる。 ・・・上手くなってる。 何をやらせても、コツを掴むのが上手いんだな。 「こ・・・これ・・・抜けない・・・っ」 「逆に押し込んで、反対側から抜いてみろ」 「・・・あっ!やったぁっ」 そろそろアンバランスになってきたので、上に積むにも注意が必要だ。 賢い美月はきちんと全体を見て、バランスが取れる位置にそっと乗せた。 ・・・まずいな。 「・・・っあ」 これだと思ったブロックを押し出そうとした瞬間、アンバランスな木製タワーが音を立てて崩れた。 「やったあっ!時任さんに初めて勝ったあっ!」 無邪気に喜ぶ美月。 見事な完敗に思わず口の端が上がる。 「時任さんてば、負けちゃったのに嬉しそお」 「美月が成長して嬉しいよ」 「えっへへ。あ、じゃあ、ケーキをオーブンから出すのやりたいっ」 「だめだ」 「えーっ」 好奇心旺盛なのはいいが、どこまでやらせるかはきっちり見極めないとな。 火傷なんてさせたら、麗彪さんに二度と料理なんて出来なくされる・・・俺が。 そうでなくても、美月が痛みに顔を歪ませるなんてのは、俺自身が見たくねぇからな。

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