196 / 300
ラウンジとコーヒー
【麗彪 side】
美月 と鹿の餌やりに行くつもりだったのに、面倒臭ぇやつから連絡があった。
仕方なく、美月は他のやつらに任せて奈良に行かせ、ホテルのラウンジで面倒臭ぇやつを待っている。
「よっちゃぁん、お待たせぇ」
へらへらしながら綾 が現れた。
独りで来たみたいだな。
「要件を言え」
「なんやムードもくそもないなぁ。でぇ、美月ちゃんはぁ?」
「いねぇよ」
会わせる訳ねぇだろ。
ホテルに来るとか言いやがるから、どうせ美月目当てだろうと思った。
可哀想だが、俺抜きで奈良に行かせたのは正解だったな。
「なぁんや、また会いたかったのにぃ」
「それで、何の用だ」
綾はコーヒーを頼み、俺の向かいに座る。
コーヒーが運ばれてくるまでどうでもいい話をだらだらとして、運ばれてきたコーヒーをひと口飲んで言った。
「久緒 美月ちゃん、カタギやし、めっちゃ可哀想な子やったんやなぁ。15年て、それでよくあんな無垢な顔してられるわ」
「勝手に美月の事を調べるな」
「怒らんといてぇ。気になるやん、よっちゃんだけやなくて、駿河 も時任 も、新名 まで籠絡するやなんて、ほんまどぉゆぅ手練手管使 たんや・・・」
「美月は可愛いだけだ」
手練手管 は必要ない。
美月はひたすら可愛くて、ひたすら眩しい光だ。
「なら、解放したりぃ」
「・・・・・・は?」
解放、だと?
何から?
・・・ああ、俺からか。
「自分の護衛まで付けて、がっちり囲って、なんやの?まるで羽根捥 いで鳥籠にぶち込んでるみたいなもんやろ」
「美月を護るためだ」
「護るためなら羽根も、足も嘴 もへし折ってええんか?なんも知らん子に、それが酷い事やて知りもせぇへん子に」
痛いところを突いてくるな。
そんなのわかってる。
母親の檻から、極道 の檻に入れ替えただけだって事は。
それが、傍 から見れば良くない事だってのも。
「捥いでも折ってもいねぇよ。暴力は振るわないし見せない。美月の欲しい物は何でも買うし、見たい物も見せるし、行きたい所にも連れて行く」
「それでも、あの子が見とるもんはお前っちゅうフィルター越しの世界やろ。何一つほんまのもんは見えへん。ほんまの世界が見えとったら、あんな顔してお前らの側になんて居られへんやろ」
煩ぇな。
だからなんだ。
「美月の世界は俺がつくる。美月が見たいと言えば見せたい状態で見せる、聞きたいと言えば聞かせたい状態で聞かせる。美月が笑って、幸せであればいい。美月を傷付けるなら、お前の言う本当の世界こそ美月にとっては偽物だと言い切ってやる」
綾は少し黙ってから、コーヒーをひと口。
ため息をついて、静かに言った。
「あの子が、ほんまのお前を知ったらどうすんねん。いつか必ず隠し通せなくなるやろ」
そうか、綾 が心配してんのはそこか。
「問題ねぇよ。美月は赦してくれる。極道 だろうが魔王だろうが獣 だろうが、美月は赦してくれんだ。榊家 の神様だからな」
俺の言葉に、きょとんとする綾。
こいつのこんな表情は初めて見たな。
綾はがくっと俯いてから、ぱっと顔を上げてけらけら笑い出した。
「へーへーそーですかぁ。でも最期まで面倒見れんのか?犬猫ちゃうぞ」
「当たり前だろ。美月だぞ」
「いや知らんけど」
綾 は面倒臭ぇが、たぶん悪いやつじゃない、はずだ。
この前は揶揄 ってきただけだったが、美月の素性を知って美月の心配をして話をしに来たんだろう。
・・・うぜぇな。
「俺は美月と心中するって決めてんだ」
「まじか、おも・・・」
重かろうが何だろうが、俺は美月を逃す気はない。
逃がさないからには必ず幸せにしてみせる。
どんな手を使ってもな。
ともだちにシェアしよう!

