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⭐︎番外編⭐︎お庭に行こう
***籠の鳥パラレル***
── 5歳の美月が榊家 に居たら ──
【時任 side】
なんとなく今夜も来る気がして、起きて待っていた。
・・・あ、聞こえてきたな。
「おい時任 、頼む」
部屋に入って来たのは麗彪 さんと・・・。
「ぅえぇぇ・・・っ・・・んぇぇっ・・・ぇうぅ・・・っ」
麗彪さんの部屋で一緒に寝てるはずだった美月 。
抱っこされて、背中をとんとんされても、泣き止む様子がない。
今日の昼寝が不十分だったのか、怖い夢を見たのか、お腹が空いたのか・・・。
ぐずる原因は様々で、判明する時もあれば不明のまま終わる時もある。
「お預かりします」
麗彪さんも美月を泣き止ませようと頑張ったんだろうけど、埒があかなくなったら連れてくる様に言ってある。
何故か、こういうのは俺の方が得意だ。
麗彪さんを部屋に返し、抱いた美月の背中を摩 りながら廊下を歩く。
俺が抱いてすぐ、声を上げて泣くのは治 ったが、油断は出来ない。
この状態で布団に戻せば火がついた様に泣くし、少ししてまた眠ったかと思って布団に戻しても火がついた様に泣く。
完全に熟睡するまで、下ろせないって事だ。
「なんか飲むか?」
「んぅ・・・にゅうにゅ・・・」
「あったかい牛乳か」
ここでお菓子を欲しがらないって事は、ぐずりの原因は空腹ではないという事か。
キッチンへ行くと環流 がいたので、ぬるめのホットミルクを用意してもらった。
「大丈夫そ?」
「ああ。これから仕事?」
「もう少ししたら出るよ」
美月にホットミルクを飲ませ、ついでに大学病院へ出勤する環流を玄関先まで出て見送る。
ぐずってても小さく手を振ってやる美月に、だらしない笑顔を向けて環流は車に乗って行った。
車が敷地から出て行くまで眺めて、玄関から入ろうとすると・・・。
「んんん・・・ゃあ・・・っ」
「・・・わかった」
玄関を閉め、ガレージ横を通って庭の方に行く。
今夜は長期戦の予感がするな・・・。
庭を歩くなら、美月は抱っこよりおんぶの方が好きだったはずだ。
「美月、おんぶにするか?」
「・・・うん」
縁側に美月を下ろし、背中を向けてしゃがむと温もりと体重がかかった。
腕を背中にまわし持ち上げ、美月が俺の首にしっかり腕をまわしたら、ゆっくり歩き出す。
既に何匹か、番犬たちが俺の足元に集まってぴすぴすと鼻を鳴らしている。
心配すんな、寝かし付けてるだけだから。
こいつらの賢い所は、美月を起こさない様に吠えない所だ。
・・・まあ、俺たち以外が庭に入ったらもの凄い勢いで吠え立てるんだろうけど。
「とちと・・・しゃ・・・」
「ん?」
「おちゅきしゃま」
少し見上げると、明るい満月。
通りで歩きやすい訳だ。
「さっちゃん、どうした?」
雅彪 さんが縁側に出て来た。
煙草を喫 うためだろう。
「・・・美月がぐずるので」
「ああ、ご苦労さん。みっちゃん、時任 のおんぶ、いいねえ?」
・・・あ、煙草をしまった。
美月の前では喫わないんだよな。
だが禁煙をするつもりはないらしい。
「んぅ"・・・っ」
「ありゃりゃ。邪魔しちゃ悪いな」
ぐすりが再熱しそうになったのに気が付き、雅彪さんは中に戻っていった。
踵を返し、家の灯 りが届きにくい庭の奥の方まで歩く。
満月のおかげで躓 く心配はなさそうだ。
ぴすぴす、きゅんきゅん、犬たちが若干煩い。
俺だけだったらこんなに寄ってこないのに、美月をおぶっているから警護対象と見做 されたらしい。
「・・・ぉちゅき・・・しゃま・・・」
「ん、お月様。明るいな」
「・・・あかゆい・・・おいし・・・?」
「・・・食った事ねぇけど・・・どうだろな」
美月の好きな白玉に似てるし、みたらしかけたら美味 いかもな。
庭の池に架かる橋に行き、水面 に浮かぶ月を眺める。
風がないのに時々ゆれるのは、コイが泳いでいるからだ。
前に美月がコイに気を取られ、池に近付き過ぎた事があったが、犬たちが身体を張って止めてたな。
「こい・・・」
「夜でも泳いでんな」
「おいし?」
「・・・食えない事はないが・・・ここの錦鯉 は不味 いと思うぞ」
やっぱ腹減ってんのか?
・・・いや、夕飯はしっかり食べてたし、ただ気になっただけか。
ホットミルクも飲ませたし、なんか食わせる訳にもいかないし・・・。
「こい・・・まじゅい・・・?」
「まじゅ・・・美味 しくない、が正しい言葉だったな・・・」
美月に悪い言葉を覚えさせるなと言われてるんだった。
でも榊家 に居て、悪い言葉を覚えないでいられんのか?
覚えさせるなと言った雅彪さんと麗彪さんが、そもそも悪い言葉使いがちだろ。
「おいちくない・・・」
「ああ、美味 ちくない」
「・・・んふふ」
お、少し機嫌が良くなってきたな。
後は寝かせるだけなんだが・・・。
「とちとおしゃん」
「なんですか」
「んふ・・・とちとおしゃん」
「はあい」
「ふふふっ」
訳分からん事で喜び出した。
眠くなってきてる証拠だ。
またゆっくり、家に向かって歩き出す。
このまま機嫌良く寝てくれ・・・。
「とちとおしゃ、ねんねん、いって?」
「ねんねん」
「・・・ねんねん」
「ねんねん」
「・・・ね・・・ね・・・ん」
「ねんねん・・・ねんねん・・・」
前に寝かし付ける時「ねんねんしろ」と言ってから、ねんねんって言葉が気に入ったらしく、子守唄の代わりに言わされる様になった。
背中の美月は眠ったらしく、小さな寝息が聞こえる。
よし、ここからが勝負だ。
「・・・ねんねん・・・ねんねん」
呪文の様に唱えながら、麗彪さんの部屋に行く。
寝ずに待っていた麗彪さんに、美月を背中から下ろしてもらい布団に寝かせるんだが、この呪文が途絶えると目を覚ます可能性が高い。
麗彪さんも当然、ねんねん呪文を唱えながら美月を抱き寄せる。
シュール過ぎる・・・が、背に腹はかえられない。
布団に寝かせた美月の隣に横になり、静かにねんねん呪文を唱え続ける麗彪さんとアイコンタクトを取って、役目を終えた俺は自室へと戻った。
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