407 / 605

後日談 『おしおきー42』

「美味いか?」 「うん」 「ちょっと冷めちまったよな。飯食ってから話せばよかったなぁ」 「ふふ。でも、ここのお料理、冷めても美味しいから大丈夫」 幸せそうに微笑む雅紀の目と鼻がまだ赤い。 「お。これ、超美味いぜ」 仙台牛のすき焼き鍋から牛肉を箸で摘んで、雅紀の口元に持っていくと、雅紀はぱくんと口に入れて、また幸せそうにふにゃんと微笑む。 「ん~おいしいっ」 「でさ。式はいつにする?どうせならジューンブライドがいいよなあ」 「……へ?」 雅紀は目を丸くして、口の中のものをゴクリと飲み込んだ。暁は蕩けそうな顔をして宙を見つめ 「6月の花嫁かぁ。いいね~。なんつーかさ、幸せの象徴って感じだよなぁ。やっぱドレスは純白だろ。白いベールつけてさ、綺麗な花束持ってさ。くぅ~。おまえ、めっちゃ綺麗だろうなあ」 「……や、あの……暁さん?」 「あ。式場はやっぱ、チャペルがあるとこがいいよな。誓いの言葉と、その後のあつーいキス、だよなあ……。健やかなる時も病める時も、富めるときも貧しき時もってさ」 完全に妄想に入っている暁に、最初きょとんとしていた雅紀の顔が、だんだんしかめっ面になっていく。 「……暁さん……」 「んー?」 デレデレとシマリのない顔でこっちを見る暁に、雅紀はぷくっと頬をふくらませ 「誰が、花嫁ですかっ。ってか、式って何?俺、男です。ドレスなんかぜーーーーったい着ないしっ」 途端に暁は眉をさげた情けない顔になり 「えーーー。なんでだよ~。ウェディングドレス、おまえ絶対似合うって。俺が保証するっ」 「やっ、似合うかどうかって問題じゃないしっ。だいたい、式って。俺たち籍を入れるだけでしょ?式なんかやんないからっ」 ぷりぷりしながら言う雅紀に、今度は暁の方が目を丸くして 「え。まじ?やんねえのかよ、結婚式」 「当たり前ですっ」 「え~……まじかよぉ……」 肩を落とししょぼくれる暁に、雅紀は苦笑しつつため息をついた。 まったく……。すごく格好いいことを言ってくれたかと思うと、すぐまた調子に乗ってこれだ。多分、これも男のロマンだとか何とか、主張するつもりだろう。 雅紀はちらっと暁の方を見てみた。デカい身体をしょんぼり丸めて、つまらなそうに料理を箸でつついている。ちょっと情けない姿だが、そういう暁の茶目っ気もまた、すごく愛しいと改めて思う。 すぐに深刻になって、発想が暗くなりがちな自分を、明るく引き上げてくれる彼の言葉や態度。 雅紀は箸を伸ばして、煮物をつまむと、拗ねている暁の顔の前に差し出した。 「はい、暁さん。お口あ~んは?」 にこっと笑って優しく呼びかけると、暁は途端に明るい表情になって、嬉しそうに口を開けた。 暁の背後で大きな尻尾がふりふりしているように……見える。 ……ふふ。やっぱ暁さんって、大きなワンコみたいだし。 「美味しい?」 「ん~うまいっ。最高♪」 拗ねていたことなどすっかり忘れたように、御機嫌な様子の暁の隣で、雅紀は幸せを噛み締めつつ、少し冷めてしまった料理をゆっくりと味わった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!