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<9>駈歩訓練―陸軍中央幼年学校予科(1914夏)③

 あれよという間に話がついてしまった。実充が呆然としている間に菅間ら二年生の班はやれ先を急げと出立して行き、辺りには訓三寝二班のみが残された。  班友たちの同情的な視線を浴びながら実充は、南泉に喰ってかかった。 「南泉、貴様ァ……なぜ俺を巻き込む!」 「心配するな実充。お前を絶対に色子になんぞさせはせん」  あくまで自信を崩さない南泉に、班友たちは信頼と羨望の眼差しを送っている。 「き…貴様ら冷静になれ。こいつは俺たちを私闘に巻き込んだも同然なのだぞ」  実充ひとりが泡を喰って喚いた。 「確かにそうだ…。みんな済まんな、私の個人的な意地でおかしな挑戦を受けてしまった」  肯き、謝罪しようとする南泉に対し、 「いや南泉! 何を云う。日ごろタチが悪い二年生を、見返してやるいい機会だ」 「そうだ! 南泉、貴様があの菅間とかいう二年生と対等に亙り合っている様は痛快だったぞ」 「奴ら二年生などに絶対に負けてなるものか! 皆、先を急ごうではないか!」 「おう!」 などといって班友たちは南泉同様、闘争心を燃え上がらせるのだった。  なにが「おう」だ。 「貴様らァ……」  実充は上げかけた拳を震わしつつ皆の後に続いた。己の貞操にかけて断じて負けるわけにはいかない。革靴を踏みならしながら南泉の背中をひたすら睨んだ。変に矜持の強いところだけが、初めて見つけた己との共通点であったかもしれない。  しかし、二年生らの勝負に勝とうとする意欲は並みならぬものだった。  実充らの班は、その先の山道で襲撃を受けたのである。  崖道を歩いているとき前方をふさぐように、上から岩を落とされたのだ。  前方で起こったずどんという衝撃と土埃に驚き、見上げた先に、さきほどの二年生らの嗤う姿があった。おのおの丸太棒を持ち、近くの岩を「てこの原理」で実充らの班の行く手に落とそうとしている。 「危ないぞ!退がれ!」  班友らの(さけ)ぶ中、再びずどんという衝撃と共に、直径1米ほどもある岩が落ちてきた。  二年生の殿(しんがり)らは、一年生の行く手を阻んだことを確認するや、丸太棒を捨てて繁みの向こうの山道に去った。 「危ないことをしやがる」 「南泉、どうする」 「この大岩を避けて進んでも、また行く先であいつら罠をしかけてくるかもしれんぞ」 「他のルートを探すか」  班友らが相談する中、南泉は顎に手を当てて目を細めた。好戦的になっている時の顔つきだ。 「いや、今から他の行程を探していては余計に離されてしまう。ここは崖をよじ登ってでも追いつくぞ」 「お、追いついてどうするのだ」  南泉は勿体つけてひと呼吸置いてから云った。 「鬪うのさ。相手がその気なのだから、とことん受けてやらねば礼儀に(もと)る」  息を呑む戦友らの中で、実充だけが天を仰いでいた。 (勘弁してくれこの格好つけが……子供の戯びじゃないんだぞ)  しかしことは己の貞操のかかる競争だ。否やを唱えるような雰囲気でもなく、班長の決定とあらば随うしかない。しかしどうやって鬪うというのだ。まだ戦闘どころか機銃の手入れも教わっておらぬのに。  南泉はとんでもないことを云いながら至極冷静であった。その芝居がかった自信ありげな態度のひとつひとつに、班友みなが士気を鼓舞されていた。ハッタリの意味に於いても、この男は生まれついての上官向き、将校向きと云えるだろう。 第10章に続く

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