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第13話 毛並みのいいヤクザ

   くすんだセピア色の風景の中、軍服姿の青年が三毛猫の顎を撫でている。  すっかり安心しきった顔で青年の手に体重を預け、三毛猫はゴロゴロと喉を鳴らして、うっとりと目を閉じていた。  ――軍服ってことは……戦時中、なのかな。この猫、そんなに長い時間、こっちの世界をさまよっていたんだ……。  だが、場面は一転して、空一面が真っ黒な煙に覆われた。空には夥しい数の戦闘機が飛び、爆音と空を切る榴弾の落下音、そして人々の悲鳴が、僕の鼓膜をビリビリと震わせる。  三毛猫はじっと物陰に蹲って、この世の地獄を見つめていた。大きな目に燃え盛る炎を映しながら。  黒煙が去り、焦土と化した街並みをふらつきながら、三毛猫はあの青年の姿を探している。  だが、見つからない。歩いても歩いても、あの優しい笑顔は見つからない。  だが、さみしいという気持ちは感じていないようだ。こうして歩いていればいつか、あの青年の元にたどりつけると信じているから。  力尽き、脚が動かなくなってもなお、猫は青年を探し続けている。  そしてその青年の顔立ちは、椿さんのそれととてもよく似ていた。  ――そうか。やっと見つけたって思ったんだね。だから椿さんと離れたくないんだ。  ――ずっとずっと、探してたんだろうな。優しかったご主人様や、幸せだったあの時間を……。  気づけば、三毛猫が僕の足元に座っている。僕はしゃがんで手を伸ばし、猫の頭をそっと撫でた。猫はそれを嫌がる風でもなく、僕の好きなようにさせてくれている。実体はないはずなのに、柔らかな毛並みとぬくもりが、手のひら越しに伝わってくる。愛おしくなるほどに、確かな感触だった。 「……たくさん歩いて、疲れたね。本当に、君はすごいよ。大事な人を、諦めずに探し続けるなんて」  心からの労いを込めて、僕は毅然と前を向く三毛猫の頭をゆっくりと撫でた。時折耳を動かすのは、僕の声を聞いているからだろうか。だが、三毛猫はこちらを見ない。過去の映像が消えた乳白色の空間を、じっと見据えているだけだ。 「強いんだね、君は。僕みたいに、うじうじ寂しがってるだけのやつとは全然違う。……でも、でもね」  言うべきか、言わざるべきか、僕は迷った。  その人は、君の探している人じゃないと。  君の求めている人は、すでにこの世界にはいないのだと。そして、この三毛猫が行くべき世界を、きちんと示すべきだろうと。  だが万が一、失敗したらどうなるかな。椿さんの霊魂まで、一緒に連れて行かれてしまうかもしれない。  僕に記憶を伝えてくるほどに霊力のある猫だ。ひょっとしたら、僕の存在もろとも、別の世界へ引きずり込んでしまうことだってあるかもしれない――  そう思うと、身が竦むほどに恐ろしい。  でも僕は、真実は伝えるべきだと思うんだ。  ――僕がしっかりしなきゃ。椿さんを、あっちの世界に行かせたくない。僕はもっと、あの人のことを……。 「……この人は、君が探している人じゃないと思う」  不思議と、僕の声は震えなかった。  僕のその台詞に、猫はピクリと耳を動かす。だが、視線は相変わらず、前方を向いたままだ。揺るぎないその態度に、僕はふと、悟るものを感じた。  ――ああ……そうか。この子は、それくらいとっくにお見通しなんだ。  ――でも、何かに縋りたかった。探し続けることに、もう疲れたんだね。だから椿さんに甘えちゃったんだ……。  椿さんの肉体は、あの一件以来霊を寄せ付けやすい性質を帯びている。それもあって、より強く、この猫の魂が吸い寄せられてしまったのだろう。 「……そうだね。確かに椿さんの肉体は、霊体の君には居心地のいい場所だと思う。でも……もうこの人は解放してあげて? 居心地がいいのは分かるんだけど……僕はこの人と、話してみたいことがたくさんあるんだ」  僕がゆっくり丁寧に語りかけると、猫の視線がちろりと動いた。そしてゆっくりと、金色の眼がこちらを向いて、物言いたげな視線で僕を見ている。 「僕は君のことが見えるし、こうして君の想いを知ることもできる。だから……この人のことは離してあげて欲しいんだ。僕が、君の声をちゃんと聞くから」  三毛猫の金眼が、探るように僕を見ている。腹の底まで見透かすような、深い深い眼差しだ。  その視線を受け止めていると、どくん、どくん、と鼓動が速まる。だが、ここで目を逸らすわけにはいかない……! 「ニャ〜オ」 「……へ?」  すり……と、猫がしゃがんだ僕の膝に頭を擦り付けてきた。飼い主に甘えるように、可愛い声で鳴きながら、何度も何度も。 「……そっか、ありがとう……! 分かってくれたんだね」 「ニャーン」 「そっかそっか〜ありがとう! 可愛いね。ふわふわであったかい。よ〜しよし、ふふっ」  緊張が一気にほぐれ、僕はふわふわの三毛猫をきゅっと強く抱きしめた。重量もないのに、毛並みはもふもふと柔らかくて、あったかくて、癒される。 「いいこいいこ。いっそうちの子になる? 餌は何がいいんだろうな〜? 昔は何が好きだったの?」 「……紬」 「え? 小麦? んー猫にパンはどうなんだろう。あ、でも実際に食べるわけじゃないから、パンでもうどんでも何でも……」 「おい……何してんねん、紬」 「………………え?」  わしゃわしゃと撫でまわし、すりすりと頬ずりをしていた柔らかな毛並みが喋った。…………喋った?  恐る恐る腕の中を見てみるとそこには……。 「えっ……!? つ、椿さん……?」  椿さんが、上目遣いに僕を見上げている。  しかもここは布団の中だ。僕の腕の中に、椿さんの頭がすっぽり収まっている……だと? 「おいおい……うちの子になるかって。ちょ……お前。何やいきなりプロポーズとか……ほら、順序ってモンがあるやろ。おとなしい顔してやること大胆やなぁ」 「は!? プロポーズって何ですか!? 僕は、ね、猫に……猫!」  ハッとして周りを見回すと、そこは僕の自室である。そして僕の勉強机の上で、半透明の三毛猫が、のんびりお腹の毛づくろいをしている。平和だ。さらには呑気に脚を広げて、ついでのようにタマタマの方までぺろぺろし始め……それ、椿さんの姿の時にやらないでくれて、本当にありがとう……。  ――というか、ちゃんと椿さんから離れてくれたんだ……! ああ、良かった……!!!  と、安堵すること数秒。  がば、と僕の上に覆いかぶさってきた椿さんが、頬を赤らめつつ怒ったような顔をしている。 「……あ、あの……どうしたんですか?」 「いやいや、俺がネコとかありえへんやろ。ネコはお前や」 「……? いえあの、何をおっしゃってるのか意味がまったく……」 「やれやれ、困った子ぉやなぁ紬は。どっちがネコに相応しいか、じっっっくり身体で教えたらなあかんなぁ……?」 「ヒッ……」  ニタァァァと邪悪に笑う椿さんの凄みに身体が竦む。……んー、どうやらこの様子では、ご自身が猫ちゃんになっていた記憶は一切残っていないようだ。それはこの人にとって、何よりも幸いなことだろう……。  ――あー……でも、なんか、ホッとした。ホッとしたら……頭がクラクラ……。 「うう……う」 「ん? 紬!? どないしたんやお前、めっちゃ熱いやん!! そない興奮することなんて、まだなんもしてへんのに……!?」 「……してません興奮とか。あの……ここんとこ風邪気味で……」 「な、何やてェ!?」  僕の額に触れる椿さんの大きな手が、ひんやりとして気持ちいい。その冷たさに安心感を得てしまうあたり、僕もすっかりヤクザ慣れしちゃったな〜……なんてことを朦朧と思い巡らせていると、椿さんはガバリと立ち上がり、スパーン!! と小気味良い音を立てて僕の部屋の襖を開いた。 「オオィ岩瀬!! 医者呼べ医者ァ!! ほんで買い出しや!! 看病に必要なモン一式揃えるんや!! あと、前山と後藤呼んでお粥やら何やら身体に優しいモン作らせぇ!! ……ん? 岩瀬、いいひんのか!?」 と、椿さんが視線を巡らせていると、ドタドタと賑やかな足音が聞こえてきた。 「あ、アニキィ!! 元に戻らはったんですね!! うわぁぁぁん!!」 「ハァ? 何言うてんねん。ちゅうかなんで宍戸がここにいてんねや」 「い、いい、いつものアニキやぁぁ〜!! ウワァァァア!!」 「うっさいねん黙れやハゲェ!! 紬の熱上がったらどうすんねん!! ケジメつけさすぞコラァ!!」 「ッス!! すんまっせん!!」  ――ああ良かった、いつも通りのやり取りっぽい……本当に良かった……。けど……。  ……ちょっと静かに眠らせて……。
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