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第23話 記憶が曖昧なヤクザ〈椿目線〉

   これは一体、どういうことだろうか。  紬が、俺にくっついて眠っている。 「……?」  見まわす限り、ここは俺の家だ。紬のために購入したばかりのタワマンだ。  キングサイズの高級ベッドの上で、紬用に買っておいたパジャマ(シャツワンピ風のズボンがないやつ)を身につけて、紬がすうすう寝息を立てている……。  ――えっ、なんやこれ夢……!? なんこの状況!? え? 記憶ないけどまさか俺、紬と一発ヤってもーたとかそういう……?? ……ん? えーと……そういや昨日、俺何してたんやっけ……? おかしいな、記憶が曖昧……。  うーん、前もこんなことがあったような……?  昨日の行動を思い出したいのに、なぜかそれがうまく行かない。しかも、紬の頭を撫でようとして気づいたのだが、俺の指先にはべったりと土がこびりついているではないか。さながら、素手で穴でも掘ったかのような有様だ。しかも、服にもあちこち土の汚れが……。 「なんやこれ……」  これでは紬に触りたくとも触れない。俺は紬のそばからそろりと起き上がり、バスルームに直行した。  爪の中にまでこびりついた土を取り除きながら昨日のことを思い出そうとしたが、ふと湧き上がるイメージは暗い森の中と、俺に覆いかぶさろうとする巨大な人影…………って何やこれ。俺、誰かに襲われそうになったとかそういうやつ? 「いやいやいや、この俺を襲おうってアホがどこにおるっちゅーねん……しっかし、なんや腹痛いな……」  ふと鳩尾のあたりを見てみると、若干の鬱血痕が……。これは誰かに殴られた痕だろうか。知らないうちに、俺はどこかの抗争にでも巻き込まれていたのだろうか。 「うーーーん、すっきりせぇへんな」  せっかく紬がそばにいるのに、このモヤモヤした気分はいただけない。一旦コーヒーでも飲んで頭をスッキリさせようと、俺はパンイチでバスルームから出ると、タオルで髪を拭きながらコーヒーメーカーのスイッチを入れた。マシンが豆を挽く音とコーヒーの良い香りで、少しばかり気分に張りが戻ってくる。……だが、その時。  バシッ!! パンッ!! という耳慣れない音がどこからともなく聞こえてきて、俺は思わず身を竦ませた。 「ヒィィッ!! なんや、なんやなんや!?」  一瞬の静寂。  だが、ガタン!! バシィ!! という鋭い音はすぐさま復活し、俺はその度ビクビクと震えた。えっ怖い。だってこれ、紬にお祓いしてもらう前に事務所でしょっちゅう鳴ってたやつやんんん!!  「ま、また何か悪いモンが憑いてんのか……!? ハッ、せやから昨日の記憶が……!」 と、嫌な予感に震え上がっている間も、ラップ音は止まらない。音のした方を見るも、もちろんそこには何もなく……。  その場にへたり込んで頭を抱えたくなるのをぐっと堪えて、俺はきょどきょどあたりを窺いながら寝室の方へ逃げ…………ちゃう、逃げ込もうとしてるわけちゃうで!! 単に紬が心配なだけやで!!  だが、まさに寝室のドアノブに触れようとした瞬間、ドアが音もなくスッと開いた。  ラップ音にビビり切っていた上にあまりのタイミングの良さに大仰天してしまった俺は、「ウワァアアアア!!」と悲鳴をあげてその場に尻餅をついてしまった。 「ん……椿さん? ど、どうしたんですか!?」  暗い寝室から顔を出したのは、他でもない紬だった。顔面蒼白で震えながら尻餅をついている俺のそばに膝をつくと、紬はハッとしたようにリビングのほうへ目線を走らせる。 「こら! 喧嘩しちゃダメって言っただろ!」 「!?」  ――ど、どうした……? 何もない空間に向かって怒り始めたで……えらいこっちゃ……。  だが、その効果は抜群だ。あれだけ激しかったラップ音が、一瞬にして静かになる。俺は改めて、紬の強さに惚れ直した。 「椿さん、ラップ音が怖かったんですね。もう大丈夫ですよ」 「……べ、べべ、別に怖ないけど……」  強がってみるも、怖かったのは確かだ。情けない。なんという情けなさだ。優しく労られることに情けなさを禁じ得ない。  俺はひそかに頬を赤らめつつ、紬に支えられて立ち上がった。……介護やん。 「ていうか……何でお前、ここにいてんの? 俺、昨日何してたんやろか」 「き、昨日……? あの……えーと」 「何も思い出せへんの気持ち悪いねん。説明してくれ、何でも聞くから」 「…………本当にいいんですか?」 「……え、何」 「いいんですね、全てをお話ししても」 「……お? おう」  なんども念を押され、俺は昨日起こったことの全てを説明された。  ラップ音の正体も、どうして俺に手にべったりと土がこびりついたのかという理由も、全て――  …………聞くんじゃなかった。  + 「はぁ………………」 「まあまあ。いいじゃないですか、そんな大勢に見られたわけじゃないし……」 「良うない……まったくもって良うないわ……俺が……この俺が……? ワンワン言いながら四つん這いで森の中走り回った? しかも、しかも……壮一郎やら宍戸の前で? お前のことぺろぺろ舐め回してワンワンキャンキャンいうて? ……うそやろ……誰か嘘やと言うてくれ……」 「いや〜まぁ、でも暗かったし」 「いやいやいやいや!! お前にもバッチリ見られてしもてるやん!? ああ……羞恥心で死ねそうやで……」 「いやでも、前、猫に取り憑かれてた時のほうがヤバかったですし…………あ」 「猫って……こないだのか? なんやそれ。猫んときのほうがヤバかったて……ど、どういう意味やねん!!」 「ヒィィ!!」  思わず身を乗り出すと、紬が真っ青になりながらのけぞってしまった。……いかんいかん。大人の余裕や。大人の余裕を取り戻せ俺……。  俺は一つ咳払いをすると、ソファにゆっくりと座り直して脚を組んだ。隣に座る紬はというと、パンイチの俺を目の前にして目のやり場に困っているのか、はたまた俺の醜態を思い出して目のやり場に困っているのか、さっきから視線が泳ぎっぱなしだ。 「動物霊っていうのは、人間の霊より残留思念が単純かつ純粋で、その分すごく強いんです」 「……ほう」 「これまで、悪霊に人格を乗っ取られることはなかったですよね。でも動物霊は力が強いので、椿さんの人格ごと奪ってしまうっていうか……」 「……で? つまり俺は、猫にも人格を乗っ取られてたってこと……か?」 「ええ……はい」  そこはかとなく気まずげな表情で頷く紬を前に、俺はがっくりと項垂れた。  もうこれ以上の羞恥には耐えられない。これ以上、自分が動物に乗り移られていた話を聞くべきではないと判断した俺は、フゥ〜〜〜〜〜と一つため息をついて、ガラステーブルの上に置いていたコーヒーを一気飲みした。 「……うん、その話はもうええ。うん、一旦忘れよう。忘れてくれ」 「は、はい……そうですね」 「ほんで紬は……俺が心配で、ここに残ってくれたってことか」 「え? ええ、まぁ……」  ようやく少し落ち着きを取り戻した俺は、改めて、隣に座る紬を見つめた。  真っ白なシャツワンピ風パジャマは、思った通り紬によく似合っている。紬の清楚さをいかんなく引き立てながらも、そこはかとなく漂う気だるさが絶妙にエロい。  着丈が短すぎないのもポイントだ。ちょうど膝が隠れるほどの禁欲的な長さだが、この薄い布を一枚隔てた中に、紬のエロい身体が潜んでいるという部分にも猛烈な萌えを感じてしまう。  ――帰ろうと思えば帰れたのに、敢えてここに残ったってことは……そういうことか? そういうことなんやな、紬……!!  むくむくと湧き上がるスケべ心に任せて、俺は背もたれに腕を伸ばし、紬をぐっと囲い込んだ。 「どえらいモン見られてしもたんや……タダで帰すわけにいかへんな」 「…………えっ?」  敢えてのように意味深な口調でそんなことを言うと、紬はぎょっとしたように俺を見た。そういう素直な反応がむず痒いほどに愛らしく、気を抜けばデロデロと緩んでしまいそうになる顔を頑張って引き締めながら、俺は努めてクールに微笑んだ。 「買っといたソレ、着てくれてんな」 「あ、はい……でもズボンが見つからなくて……」 「ズボンとか必要ないやろ。どうせすぐ脱がされてまうんやから」 「脱が……ァ、っ」  する……とシャツの裾から手を差し込み、紬の太ももに手のひらを滑らせる。さらりとした肌とあたたかい体温に触れるだけで、股間に一気に熱が滾った。  だが、紬はシャツの裾をぐいと押さえて、俺の手がそれ以上上に来ないように頑張っている。といっても頬は真っ赤だし、恥ずかしそうな表情にはすでに濃厚なエロスが漂っていて……俄然、俺の鼻息も荒くなる。 「や、やめてください……っ、ん、あの、僕、話がっ……」 「話って?」  エロさしかない抵抗を示す紬の耳元でそう囁きながら、俺はさらに身を乗り出して、紬をソファに押し倒した。 「んっ……ン、だから、話をっ……」 「聞いてる。言いたことあるなら、今言えばええ」 「はァっ……ん」  さらにシャツをたくし上てゆくと、紬の太ももがスルスルと露わになっていく。早朝の明るい部屋で、惜しげも無く柔肌を晒す紬の姿は極上のエロス。俺は舌なめずりをしながら紬に鼻先を寄せ、期待に潤んだ瞳をじっと見据えた。 「会いたかったで、紬」 「……あ」 「なかなか連絡できひんでごめんな。寂しかったやろ。……いい子にしてたか?」 「ん、ん……」  自分でも驚くほどに、甘い声が出る。ちゅ、ちゅっと唇を啄ばみながら紬に語りかけていると、紬の身体からとろとろと力が抜けていく。  紬とキスするのが好きだ。こいつの唇は驚くほどに柔らかくて、素直で、とろけるように俺に絡みつく。酒もタバコも知らない紬の唾液はさらりとして甘く、いくらでもしゃぶりつくしてやろうという気分にさせられる。  だが、今日の紬はいつもより頑なだ。ぐいぐいと俺の胸を押し、何やら相当に言いたいことがあるらしい。  キスをやめて顔を離すと、紬は何故か泣きそうな顔をして俺を見上げていて、そんなにキスが嫌だったのかとぎょっとしてしまう。『タバコくさい』と嫌われたくないため、禁煙を試み始めたところなのだが。 「す、すまん……どした、紬」 「……こんなこと……もう、やめてください」 「え。え?」    ――や、やめてくださいって? ……ど、どどど、どういうこと?  不穏な気配に襲われ全身を硬直させていると、潤んだ紬の瞳から、じわじわ涙の膜が膨らんでゆく。  顔面蒼白になっている俺に、紬は切なげな声でこう問いかけてきた。
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