5 / 6

5.むかしむかしのある生活

 親は子供を選べず、子供は親を選べない。  はばきはそれに憤慨していた。  自分の為じゃない、親の為だ。  その訳は父は医者の家系で母ははばきを医者にしたかったが、はばきは呆れるほど勉強ができなかったからだ。  一応努力した。頑張ったわけではない。頑張ったと言うのは、努力が実った人だけが誇れる言葉だ。  自分は頑張ってはいなかった。  そのうち弟が大きくなり、才覚を表し始めた。  弟は優秀だった。  はばきはハズレくじを引いた両親の元へ帰りたくなくて、公園のベンチにいつも座っていた。  両親が無理矢理入れた私立の中学校では、馬鹿なはばきは距離を置かれていて友達はいない。  両親はお前に使った金が勿体無いと言っていた。自分もそう思う。だから中学を卒業したら、一人で生きてみようと考えている。多分なんとかなるだろう。  ──デパートって何でも売ってるんだから、子供も取り扱えばいいのに。  ──そうしたら母さん達は見切り品の俺を置いて桐箱に入ったような弟を選んでね、無駄なお金を使う所だったわってウキウキだろうよ。  そう思って可哀想な両親を憐れむ。  お金を使っても見返りがないなんて、悲しいことだと納得した。  ある夜はばきが公園へ行くと、誰かが特等席のベンチに座っていた。  消えかけの電灯は心もとなく、顔はわからないがスーツを着た男だった。  はばきは特等席を取り返すために、ムッとして彼に近づいた。  だが微動だにせず背筋を伸ばして座っている男に、なんとなく怒りを収める。 「へいへい、お兄さんも現実逃避?」 「…、…まぁ」  動かないまま返事を返した男に、よっこらしょと許可なく隣に座る。暇つぶしには丁度いい。 「俺も家あんま帰りたくなくてさぁ〜、生きてくの疲れるよね。ちょっと休みたくなるじゃん」 「……そうだな、生き甲斐がないと」 「お! わかってるねお兄さん! そうそう、それがないんだよ〜」  お互いが誰かもわからないからか、こんな時間にこんな所で一人でやってきた者同士、はばきと男は存外気があった。  始めははばきが色々な事を話して、自分が中学を出た後の事なんかを語って聞かせていたが、そのうち男が自分の話をし始めるようになった。  男は何を任されても卒無くこなす、ロボットのような人間だった。  だけど結果がついてくるのが当たり前になって、周りの人間は男を本当にロボットのように扱う。  男は感情表現が下手くそだった。  表情筋が鉄で出来てるんじゃないかと思う程だ。  本日彼は、取引先の人を怒らせてしまった。  そんなつもりはなくとも、ノリのいい人柄を好む相手が気分を悪くして男を追い返した。  その時、会社は男が仕事を成功させるとしか思っていなかったから、何故失敗したんだと責めたのだ。  男は沢山謝って、帰り道にここにきた。 「頑張る意味が……わからなくなった。取引先を怒らせた事じゃない、一度の失敗で失望された事がだ」  男はなんともないような声でそういったが、はばきはそうは思わなかった。  誰かの為に頑張って、それがうまくいかず、その人達に失望される辛さはよくわかっている。  はばきは横から男の頭を引き寄せて、薄い胸で抱きしめた。  腕の中で男がガチンと固まっている。 「よーしよーし。そんなに辛い事があっても、我慢して謝ったのかぁ。偉い、偉いね。だけどもう、泣いてみようよ」  はばきは自分より幾らも年上だろう男を母親のように優しく撫でて、甘く穏やかな声であやした。  俺が代わりに言うよ。  お仕事いつも頑張ってくれてありがとう。文句も言わずに凄いよ。偉い。頑張ったね。お疲れ様。  貴方が頑張っていること、俺がちゃんと知ったよ。だから意味がないことじゃない。  内側からでなくてもみんなと同じだけの心があって、ちゃんとそれが泣いたり笑ったりしているんだからね。  男は困惑した。だけど逃げ出すことはなかった。  そのうちに抱えた頭が震えだして、そうなるとはばきはイイコ、イイコ、とただ抱きしめた。  たっぷりと甘やかした後、はばきは帰り際に手を振ってにへらと笑いかけた。 「俺は琴理 はばき! 大体夜ここにくるから、またおいでね〜!」  はばきは一人きりの夜の現実逃避に仲間が増えて嬉しかった。男はちゃんと頷いたし、はばきは中学を卒業するまで毎日ここに通った。  だけど男は、一度もやって来なかった。

ともだちにシェアしよう!

この小説を読んだ人におすすめの作品

完結
声春
耳が聞こえない15歳の新生活
33リアクション
11話 / 7,912文字 / 107
5/25 更新
溺愛属性の吸血鬼王の旦那様×ぽっちゃり狼男の奥様の新生活
336リアクション
6話 / 9,988文字 / 600
5/25 更新
うっかり邪神を喚び出してしまった青年の運命や如何に!?/触手/凌辱
9リアクション
1話 / 7,585文字 / 100
5/6 更新
両親が離婚し、父親についてきた少年鱗は父の不倫相手であるあかねと、その息一緒に暮らすことになって?
1話 / 491文字 / 0
5/15 更新
金髪猫背と天パくん、二人の高校生と、かつての高校生のお話
401リアクション
6話 / 6,655文字 / 450
5/25 更新
一生かけてもいい、いつかは君をつくるすべてになりたい
46リアクション
2話 / 1,249文字 / 150
5/22 更新