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第3話 side エリアス

あの神子召喚の日。我々は神樹の開花を知らされ、急ぎ神殿へ集まり、神子を召還する準備をしていた。神樹の開花は突然で、その際はすべての公務を投げ打って神殿へ向かう事と決められていた。 過去の降臨を踏まえ、神官達は召還の陣を組んでいた。2人の神子はどちらも泉の中へ落ち、突然のことで溺れかけたというのだ。 泉と神殿内に魔法陣を張り、泉に現れた神子が落ちることなく神殿に転移される。これで安全を確保できる様何度も訓練を重ねてきた。 過去2人の神子はこの国を救い、癒しを与えてくれた。今、オルディスは再び水が汚染され始め、一部の地域で病が広がっている。300年前程酷い状態ではないが、花が咲いたという事はこれからの動乱を予測させられた。 だが、生きているうちに神子とお目見えできるのかもしれないと、心が熱くなるものがあった。神子が降臨するのは国難の時。喜んではいけないとは思っているが、心のうちに納めているのは許されるだろう。 神官達が構築した魔法陣に神子とされる少年の後ろにもう1人立っていることに気がついた陛下は、とっさに神子を害するものと思い彼を拘束させた。 保護した神子は大きな瞳を瞬かせていたが、すぐに私とダリウス、そして父上…陛下の名を呼んで、我々を驚かせた。彼こそ神子と神官達も色めき立ち、陛下も彼の手を取った。  父上は残されている彼をしばし見つめていたが、頭を振り私に任せるとして神子を連れて去っていった。  そして、魔法陣があった場所には、愛らしい顔立ちと大きな瞳の少年とは違う、涼やかで凛とした…艶やかな美しい瞳を戸惑い不安げに彷徨わせ、彼は立ち竦んでいた。それは演技でも何でもなく、ただひたすら困惑していると私は感じていたのだが、その外見が人を色で惑わすものと判断した者達がいたのも事実。 国に帰りたいと言う訴えには帰れないと答えるしかなく。その瞬間にと不安げな瞳が一転して怒りに燃え上がり、大きな任務を背負っていた事を訴える。 我々は彼の重大な任務を阻害してしまったのだ。そして、任務が果たせぬなら死んだ方がマシだと、抑え込まれているにも関わらず近衛騎士団長であるダリウスの剣に飛び込んできたのだ。 冷ややかな美しい外見とは違う激情を放つ黒い瞳の彼に、私の心は今まで感じたことのない感情が湧き上がっていた。これが何かはわからないが、彼の力になってやりたいと思った。 わずかに剣先が触れたせいで、黄色がかった肌に一筋血が流れている。陛下は神子の事でいっぱいで、もうこちらの事など見てない。 触れてみたいと思う欲求を抑え、気を失った彼を手当てさせ離宮に連れて行くよう指示した。魔導士長は牢へ入れ監禁する事を勧めたが、彼も確かに黒髪黒瞳だ。そのような扱いはするべきではない。そして、私はどうしても彼が気になり離宮にダリウスや騎士達と共に向かう。 「ダリウス、彼は目が覚めたらまた暴れるかもしれない。自害する可能性も大きいと思う。良い手はないか。だが、投獄などもってのほかだ。」 「確かに。あの一瞬剣を引いて無事でしたが、私でなければ命を落としていたかもしれません。…一切の迷いなく飛び込んできました。余程の任務を帯びていたと思われます。 説得出来るまで、枷をつけ鎖で行動を制限致しましょう。誇り高い者には屈辱ではありましょうが、致し方ありません。…私も、死なせたくありません。 丸腰で私に勇敢に立ち向かって来ましたが、この身体は羽のように軽く勝算などなかったはず。死を覚悟していたのは間違いありません。」 ダリウスは抱いている彼の顔を痛ましそうに見下ろした。 珍しくダリウスは本音をつぶやいた。すでに周囲は私と信頼する近衛騎士だけの為本音が言えたのだろう。 幼い頃から私に支え、お互いに最も信頼しあっている。仕事を離れれば敬語など抜きに兄弟のように会話できる数少ない友だ。 そして今、彼は気を失っている彼の手足を縛りダリウスが横抱きにして連れて来ている。担架での移動も考えたが、目が覚めて暴れては落ちる危険もある。その点ダリウスは我が国でもっとも屈強な近衛騎士団長だ。 彼よりはるかに勝る巨躯のダリウスなら、抱き込むだけで身動きができないだろう。王子である私も、本気の彼の力には敵わないのだから。 移動中に部下に枷の準備を指示し、離宮の寝室へと寝かせる。ダリウスと3人ほど待機させ、私はじっくりと眠る彼の様子を観察した。 生地も仕立ても良い衣服、変わった形のタイは明らかにシルクだ。貴族階級だろう。そして、短く美しく刈り込まれたヘアスタイルの黒髪に触れてみる。サラリとした軽い手触りだ。細く柔らかい。いつまでも触っていられる。肌も…滑らかだ。ミルクに蜜を混ぜたような何とも不思議な色だ。   やがてやって来た騎士に枷を取り付けさせ、鍵は私が持っていた方がいいだろう。陛下はこちらは全面的に私に任せるといい、神子に夢中だ。あまりの愛らしさに、この短時間で心を奪われたらしい。 ふと、先ほどの彼の言葉がよぎる。 『あぁ、切れよ!俺のせいで信頼を失墜する位なら死んだ方がマシだ。やれよ、ほら!』 なんと崇高で苛烈な魂だ。命をかける程の使命感。我が王国の騎士達も同様、強い使命感を持って任に当たっている。彼が神子で無くとも守りたい。 枷と鎖で繋がれた彼の眠る姿を目に焼き付け、私は退室した。彼は神子ではないらしいが、何か大きな役割を持って神が遣わしたのではないか。そう思えてならなかった。   その後、目覚めた彼...ジュンヤと話す時間が取れた。気持ちが落ち着いた彼は穏やかで、言葉遣いも所作も美しく優雅だった。神子の快活さとは一線を画している。 あれはあれで愛らしく庇護欲を誘う。皆があれもこれもと世話を焼くのも当然だと思う。あんな愛らしい少年は見たことがなかったからだ。 父上や宰相は、ジュンヤの容貌を一目見て魔族ではないかと疑っていた。一瞬で目を奪われる様な艶やかさがあったからだ。 魔族は人を超越した様な美貌の者と、醜悪な容貌の者に分かれるらしい。だが、魔族は遥か遠くの国で自国に引きこもり、人間には干渉して来ないのにおかしな話だ。 顔立ちはこの国の者とは違い、凛としていて、スッキリと細い顎と切れ長の猫の様な形の瞳の奥に、黒い瞳が揺らめいていた。 父上は、恐らく...一瞬で彼に魅了された。それ故に遠ざけ危険視しているのだろう。男好きで何人も側室の居る父上は、神子召喚で来たのでなければ即日部屋に連れ込んでいたはずだ。冷遇されるのはかわいそうだが、彼が無事で良かったと思う。 少年が神子と判断されたのは、神子とは処女でなければ浄化の力は発現しないとされているからだ。2代目様の文献にそう記載されている。どう見ても、彼は男が群がる美しさで、誰も処女だと思わないだろう。私もそう思っている。 彼は枷を外して欲しいと言ったが、私はすぐに外すとは言わなかった。父上にジュンヤの事は全面的に任され、鍵も持っていたが、本当に自害しないと言う自信が持てず許可がいるとして一晩我慢してもらう事にした。  そして、早々に離宮だけでなく王宮そのものから離れたがっていると分かった。危険すぎる。1人でどう生きるつもりなのだろう。 娼館へ行けば高級男娼となるだろうが...そんな姿は見たくないと思うのは何故だろう。 神子との面談も頼まれた。神子も望んでいる為、明日会える様手配しよう。父上やアリアーシュが煩いだろうが必要な事だと思う。 今、要職につくもので冷静なのは私だけかもしれないと思っている。皆神子に夢中で仕事を後回しにしている。困ったものだ。仕事はしてくれ。 対面を終え、無理やりついて来ていたダリウスを連れ自室に戻る。安心してジュンヤの事について相談できるのはこいつくらいだ。 しかも、長い付き合いの為私の考えも予測できている。 「たった1日で、あれほど父上達がおかしくなるとは思わなかった。」 眉間を揉みながらワインを一口含む。ダリウスは勝手知ったる私の部屋で、近衛騎士の猫を脱いでどっかりソファーに座った。 「他の王子もとち狂ってるぞ~?まともなのはエル位だな。俺は神子さまはタイプじゃないから平気だし。」 「そうだな、私がしっかりしなくては公務に差し障りがありそうだ。 しかし、ジュンヤだが、本気で城を出るつもりの様だな。」 「あ~、何をするつもりか分からんが、顔出しで歩いたらまずい事になるな。」 「一先ずは勉学を望んでいるから、そちらを優先し行動は制限する。護衛騎士は意思の強いものを選出し、昼夜のローテーションを組んでくれ。 離宮の使用人も制限し接触を控えさせるが、正直使用人の方は安心できない。襲いかかる者がいないとは言えないな。」 「すげー別嬪だもんなぁ。なんか上目遣いがエロいし。」 ワハハと豪快に笑うこの男は遊び人だ。私も閨作法や適度な処理をする事があるが、この男は恐ろしいほど絶倫で、一度に二、三人相手にすることもあると言う。 「手を出すなよ。」 「分かってるって。それに、あれは溺れたらヤバイ奴だ。のめり込んでぶっ壊しちまうかもなぁ。ま、誘われたら一回くらいシてみたいけどな。」  全くこの男はと苦笑しつつ、確かに溺れてしまいそうだ。そして自分だけの物にしようと嫉妬に狂うかもしれない。 その後は真面目に対策を話し合い、明日も面談が行われるならついて来る様に命じ、グラスを開けてから退出していった。 私は自室でできる書類を取り出し仕事をする。   神子はあの後ずっと私と話したがった。お陰で急ぎの案件が出来なかったので、滅多にない自室での仕事をする事になり溜息をつく。 明日、陛下の許可を必ず得て会いに行こう。そう思うと少し気持ちが高揚し、黙々と書類を処理していくのだった。

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