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 数日後、(はなぶさ)から予約が入った。しかも夕方からの『借用』という形で。  通常は店内のみで接客をするホストを借りて、外へと連れ出す『借用』は、いつもの倍以上の値段がつく。ただでさえ高い紳粧館のホストを、この形で買う客は珍しい。  いつもより早めに支度を済ませ、約束の時間の迎えを待った。  支度といっても外出に服務規定はないから、ジーンズに白のニットセーター、その上に黄土色のレザージャケットというラフな私服だ。好みの服しか買いたくないから、こんな服を数着しか持っていない。ただし購入する際はじっくり選び抜いて、そこそこ値の張る物を買う。解る人には価値が伝わる、そんな服が凛那は好きだった。  英は五分ほど遅れてきたが、いつも以上にパリッとした服装だった。何事かとちょっとびっくりした。  控室から出てきた凛那に屈託のない笑顔を寄越す。 「やあ。そういう格好は初めて見るな。でも、すごく可愛いよ」  眩しそうに目を細めて凛那を見下ろす。  英は自分に怒って来店しなくなっているのではないかという心配は、杞憂だったのか。 「遅れてごめん。さあ、急ごう。遅刻してしまう」  手を取られて駐車場へ降りると、例の高級外車の中に早く入るよう促される。  家に連れて帰ってゆっくり抱く気なのだろうとてっきり思っていたが、どうやらそうではないらしい。明らかにどこか他所(よそ)に連れ出される雰囲気だ。こういうこともまた珍しい。 「あの、どこへ向かっているのでしょうか」  国道へと調子良く乗り出した英におずおずと訊ねる。英は顎を擦りながら、何かを企んでいるような表情をした。 「まずはね、銀座。そのリック・オウエンスの服もすごくよく似合っているけど、これから行くところはドレスコードがうるさいから。せっかくだから、いろいろと見繕ってもらうよ」 「まさか、オレのためにスーツを新調なさるつもりですか」   驚いて訊き返すと、当然だとばかりの視線を送られる。 「そんなことをしていただくわけにはいきません。それなら店に戻って着替えます。いつものスーツで良ければ…」  焦って言い足した。喉を鳴らして笑った英が感心するように口を開く。 「凛那は本当に奥ゆかしい子だね。他のホストなら、客に何か買ってもらえるならしめしめと受け取るところなのに。…紳粧館のスーツではちょっとまずいんだ。仲間内でも有名だからね、あの店は。まあ、君の顔で気付く奴もいるだろうけど――だから余計、凛那には俺が揃えた装いでついてきてもらいたいんだよ。どういう意味だか分かるだろう?」 「…はい」  凛那への所有欲を垣間見せる英は、一か月前と変わらない。だとしたら、ここのところ顔を見せなかった理由は本当に仕事のためだったのだろうか。  いずれにしても、今夜のうちに例の話を打ち明けなくてはならなかった。自分を諦めるように、と。それにはゆっくりと落ち着いて話せる時間と場所が欲しい。 「ところでさ、あのショーの仕事はもうしたの?」  ハンドルをきりながら何気なく訊いてくる。それとも何気なさを装っているのか。その顔や声からは判別できない。 「まだです。先日オーナーから正式に指名を受けたばかりで。初仕事は来週末になります」 「そう」  さしたる感情は乗せずに、英が相槌を打った。  銀座では裏通りに駐車した。  すっかり日が暮れた空は紺色に染まっていたが、ネオンの華々しい大通りは多くの人で賑やかだった。  同じ東京の繁華街でも、銀座は六本木よりも高級感と気品に満ちている。和洋様々な人種がごった返す六本木は、街全体に異様な圧迫感があるのだ。仕事帰りの朝に六本木のビルの谷間でふと佇むと、出口のない檻に入っているような気がして心底滅入ってくる。もっともそれは、男娼という特殊な仕事をしているからだろうか。  英は行く店を決めてあったようで、迷いのない歩調でグッチへと凛那を連れて入る。  「俺はアルマーニが好きだけど、若くてほっそりした凛那にはグッチの方が似合うと思うんだよ」  軽く提案されるが、一着五十万をゆうに超える超高級スーツだ。とてもじゃないがそうやすやすと受け入れられる話ではなかった。 「とんでもありません。こんな高いお店で買っていただくわけにはまいりません」 「いいじゃないか。紳粧館はとやかく言わないだろう?」  確かにその心配は皆無だが。

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