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 固く尖ったそれは、ぐりぐりと押し付けるだけで重い痛みを凛那の皮膚に興した。液体が淫靡な音をたてて多量に塗布される。  不安と後悔とが胸の中で混濁し、心をめちゃくちゃにする。  最後まで行きつかねば出口の現れない、過酷な袋小路に入り込んだようなものだ。諦めるしかなかった。 「――いいか、五発だ。打つ数をあらかじめ教えてもらえるなんて、有難く思え。五発終わったら、お前にブチ込む。容赦しねないぞ。ガンガンやってやる。ただし、五発の間、腰を落とすな。前にも倒れるな。でないと長引くぞ」  酷薄な嘲笑が続き、被膜となって凛那の鼓膜にこびりつく。  …なにが、容赦しねえだ。有り難く思え、だ。  これだけ酷いことをしておいて、なにをいまさら偉そうに。  それにしても、長引く、とは。  五発で終わらないということだ。倒れ込んだ背中にさらに追い打ちをかけるつもりなのだ。まさに鬼。  体が重かった。  いつまでも鞭打たれ続けるなど、たまったものじゃないが、持ちこたえられる自信もない。今だって、手首から首へとチェーンによって(もたら)される上腕の重みで首が垂れ下がり、すぐにも倒れそうなのだ。ともかく横になっていたいのだから。 (セーフサインさえ決めておけば)  役に立たない後悔がいまさらのように頭をかすめた、その瞬間、空気を割く音と共に、背中が鋭く鳴った。  あまりの衝撃に、痛みよりも驚きが先立った。直後、皮膚の破れる激痛が襲い、凛那の喉もまた、空気を割くような叫びを上げた。 「んんんん~~~~~っっっ!!!」  痛みにどっと汗が吹き出す。衝撃でよろりと倒れそうになったから、大腿に力を込めて必死に持ち堪えた。その大腿もガクガクと無様に震えてしまう。  一筋の線を描いて、背中が燃え立つ。呼吸が上がり、心臓が助けてくれと早鐘を打ち始めた。凛那の盛り上がった大殿筋がぴくぴくと痙攣を起こし、悪夢のような周りの空気を卑猥に色付ける。  罰点を描くように、二発目が振り下ろされる。  今度は上腕の後方にも鞭が掠り、そこでも赤い水ぶくれと局所的な出血が伴った。皮膚を焼く熱が、背中全面に広がった。  嫌な冷や汗が頬を伝う。  せめて腰を下ろしたい。膝で立っているなど到底無理だ。凛那の身体は頼りなくふらりふらりと揺れ、奇怪な動きを見せた。  もう一打。  だいぶ横向きに食らう。内臓が破裂しそうな痛み。身体がぐらりと前傾する。もう少しで大腿に肘をついてしまう。足腰の筋肉に力を込めてなんとか支えたが、もう限界だ。視界が回り、すうっと暗くなる。  鞭を食らうたびに断末魔に似た悲鳴が凛那の喉を突くのだが、回数を重ねるごとに弱まる。喉が嗄れていっているせいもあるが、命そのものが鞭によって叩き潰されて、声を張り上げる余力がなくなってきているようでもあった。  ようやく、半分、終わった。  あと、二打。  これが一本鞭の威力なのだ。  なんて残酷なのか。軽んじていた自分を、心底愚かしく思う。  そして一本鞭は駄目だと諭してくれた桐生を恋しく思う。  もう後悔もない。これは罰だ。自分が犯してきたあらゆる罪への、天罰。他人と己を騙し続けてきたことへの。 「うわ。――もう、やべえ。この、生っちろい肌に、赤い血が綺麗すぎて…。なんだよ…見てるだけでイキそうだろ…やべえだろ、…こんなの。やっぱり、すげ…」  井木野は背後でひっきりなしに独り言ちている。頭がおかしいのだろう。とんでもない男に足元を掬われたものだ。この傷痕は深く残る。雲雀としての価値を見事に下げてくれた。  しかし、それも今となってはどうでもいい。  残りの二発を早く終えて欲しかった。  …横になりたい。  ただ、横になりたいから。  視界があやふやになる。貧血を起こしていた。こうして立っていられるのも、あと数秒。  こっちが気を失って倒れても打擲し続けるというのだから、この男はやはりどうかしている。 「ちくしょう! 駄目だ! …クソっ、もっとヤリてえのに…! こっちの我慢がきかね…っ」  突然、掠れた叫び声を上げると、強烈な二発が立て続けに凛那へと見舞った。  直後、がくりと凛那の上体が前へと倒れる。顔を埋めたシーツが汗と涙を優しく吸い取ってくれるのを感じ、その心地よさに目を閉じ、思い出す。こんなふうに優しく頬を包んでくれたのもまた、桐生の手だったと。  腰を高く掴み上げられ、猛々しく伸びた男根をグイグイとねじ込まれた。  しかし凛那はもう、後孔を無理矢理にこじ開けられる痛みも、続けて起こる窄みの引き攣れも感じなかった。意識がぷつりと途切れたからだった。

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